大学編 流川

□conte 15
1ページ/1ページ


雑踏ひしめく新宿駅で、偶然にも三井と出会った。流川んち何もねえ、とフライパンを借りにきた時以来だろうか。
藤真と気が合うらしく、親しく行き来をしているとは聞いていたが、まさにこれから彼の家に行くところだと言う。
「玲ちゃんも行かねえ? そうだ、久しぶりに一緒にどうよ」
躊躇いがちな玲をよそに、三井はさっさと藤真に連絡してしまう。さらにもうひとりにも──

「あ、オレ、三井。今から藤真んち行くんだけど、流川も来いよ」

思わず三井を見上げてしまった。確かに共通の知人といえばそうだけど。だが、どうやら流川は渋っているらしい。

「どうせ暇だろ、いいから来いって。玲ちゃんも来るからさ。あ? そう、だから言ってんじゃねえか。じゃあな」
よしと言わんばかりに携帯をしまうと、行こうぜと改札口に向かうから、慌てて玲もついていく。

「流川くん来ますって?」
「まったく無駄にもったいぶりやがって、もちろん来るよ。あー、玲ちゃんもヤツがいれば帰り遅くなっても安心だろ」

意外と気が回る人なんだなと思いながら、三井と並んでホームへの階段を上った。最寄り駅に着いてからは、スーパーに寄ってお酒やら惣菜やら買い込んで向かえば、流川はすでに到着していた。

「なんで一緒なんすか」
開口一番、流川が言った。こころなしか眉間にシワが刻まれている。

「新宿で偶然会ったんだよ。玲ちゃんが男にしつこくナンパされててさ、通りがかったオレが追い払ったってわけ。で、その勢いで誘った」
「結局おまえもナンパしてんじゃん」
「はあ?……と思ったけど、やべ、それ言えてんな」
藤真のツッコミに、おかしそうに笑う三井。さらに眉根を寄せる流川だが、そんなことにはお構いなしでふたりは妙に楽しそうだ。

「にしても、玲がうち来るの久しぶりだなー。いつ以来だ?」
「もうわかんないくらい前」
藤真から缶を渡され、コツンと当てると一気に喉を潤す。ほどよい冷たさが染み渡り、今日の疲れも流されていくようで、ようやく肩の力を抜いた。その矢先のこと。

「そういや、少し前に急に泊めてくれとか言ってきたことあったよな。家の鍵落としたとか」
流川と一瞬視線が交錯した。

「ああ、あれね……焦ったよ。なのに健司冷たかったよね」
「そんなことねーよ、夜中だったし心配したぜ」
「今の今まで忘れてたくせに。もういいよ、自分が悪いんだし」
そう言って話題を変えようとしているのに、ふいに流川が口を開いた。
「オレんとこ泊まったから平気っす」
藤真と三井がビールを吹き出した。

「ち、違う、泊まってないから! ちょっと流川くん、変なこと言わないで」
「本当のことだろ、アンタ寝てた」
「いや、だから……うたた寝しちゃったけど、お姉ちゃんと連絡ついて真夜中に帰ったってば。ホントだよ」

「どっちでもいいけどよ、ふーん」
藤真は含みのありそうな笑みを浮かべる。
「へえ、あの自分勝手で有名な流川がねえ」
いたく感心した様子の三井は、さらに言いつのってゆく。

「今までのおまえなら、人の窮地だろうが何だろうが自分には関係ねーって感じだろ。それが家に泊めるとか、変われば変わるもんだぜ。大人になったな、流川、オレは嬉しい」

泊まっていませんと訂正したいところはあるが、元チームメイトで流川をよく知るであろう彼の言葉は、多分に皮肉を交えつつも、驚きと優しさが滲んでいた。一見、粗野で少々近寄りがたい雰囲気のある三井だが、思った以上に温かい人物らしい。

「ま、これからも何かあったら、流川を頼れよ」
何食わぬ顔で藤真が言う。遠くの親戚より近くの他人ってやつだろうか。
「そんなの迷惑だよ」
「いいよな? 流川」
コクリと頷くから、何も言えない。言えなくなる。

反論を諦めた玲の目の前で話は続く。「流川に頼る必要があることと言ったら、電球変えるぐらいじゃね」とたわいもなければ取り留めもない。適度に相槌を打ちながら、藤真たちの関心が自分と流川から逸れていってくれる時を待った。
しかし、ひと区切りしたところで訪れたのは、別のものだった。まさかふたりきりにされるとは──

「氷がねえ。買いに行ってくる。三井、行こうぜ」
そう言うと、藤真と三井はさっさと出ていってしまうではないか。突如、沈黙が流れる。

「あ、そうだ、おつまみ作ろうと思ってお肉買ったんだった」
いいことを思い出した。
玲は立ち上がると、キッチンともいえない小さなスペースに向かった。

「流川くん、アスパラ大丈夫? 嫌いじゃない?」
「ヘーキ。食う」
「良かった。最初エリンギ使おうと思ったら、三井さんがキノコ好きじゃないって。流川くんは嫌いなものあるの?」
「ない」
その答えがすぐ近くで聞こえて驚いた。背後に流川が立っていた。

「い、いいよ……座ってて」
「手伝う」
「簡単なものしか作らないから」
「じゃ、見てる」

そんなこと言われたら緊張する。どうしてこうなるんだろう。遠慮しないと言った彼の言葉をぼんやり思い出した。
アスパラの根元の皮をピーラーで剥くと、ラップしてレンジで加熱してから、豚バラ肉を巻いていく。フライパンで焼いて調味料を絡めれば、包丁要らずで手軽にできる。が、ただ見られているのはどうにも落ち着かなかった。

「やっぱり肉を巻くの手伝って」
流川も見よう見まねでやってみるが、ゆるかったり巻きの配分が短かったりうまくいかない。だが、真剣なさまが可愛らしい。

「あはは、まあ、これくらいならいっか。不格好だけど」
「食えば同じだ」
「じゃ、これは流川くんのね」

気安い空気に変わり出したと思ったところで、流川が言った。
「迷惑じゃねーから」
「え?」
「何かあったらオレに言えってやつ」
「……うん、わかった」

流川の心尽くしの優しさなのだろう。素直に頷いた。
フライパンを温めてから焼いていく。肉の焼ける匂いにつられるように流川が覗き込んできた。玄関脇にある備え付けのキッチンスペースは狭く、後ろに立つ流川との距離が近い。近すぎる……。触れんばかりの距離に、先日、別れ際に抱きしめられたことを思い出してしまう。
その時、玄関が開き、藤真と三井が戻ってきた。

「お、いい匂いだな」
「……つーか、新婚ごっこかよ」
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ