短編

□THE FIRST KISS
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※企画『96年のヒット曲でSD小説をかいてみた』より。
【LA・LA・LA LOVE SONG】(久保田利伸)を元に作りました。


流川に特定の彼女が出来たという噂は、あっという間に湘北高校を駆け巡った。だが、当の本人は我関せず。好奇の視線などまるでお構いなしで、バスケ中心の生活は以前となんら変わらない。
彼女のほうも外野のあれこれに惑わされるようなヤワなタイプではないので、適度に受け流していれば、おのずと周囲の野次馬的関心も薄まっていった。

しかし平穏を取り戻しつつある一方で、かすかな焦りに似た思いが流川の胸の内に芽生える。それは名前との付き合い方だ。
心動かされ始まったのは良いが、どうしたらいいかわからない。付き合った経験がないどころか、その知識や情報も得ようとしてこなかったツケが回ってきた。たまの平日と、互いに部活のある週末に時間が合えば一緒に帰るくらいで、これで彼氏彼女と言えるのかどうか。

「流川くんは、とことん流川くんだよね」と多少の皮肉を言われることはあったが、特に不満げだったり、あれこれ要求されることはなく、自分は心地よい距離感だと思っている。すべてにおいてバスケを優先、そこは譲れないが、もう少し同じ時間を共有したいという気持ちがなくはない。

着替えるために流川は勢いよく自分のロッカーを開けた。日曜の今日は比較的早めに終わる予定だったので、名前と約束をしていた。午後の陽光はいくらか薄れ、窓の外には夕暮れの気配が混じり始める。その時、ふいに向こう側の話し声が耳に届いた。

「あーあ、アヤちゃんとデートしてえな」
「誘えばいいじゃないか。でもしばらく休みないよ」
宮城の口癖のようなぼやきにも、応じてやるから安田は優しい。
「じゃあ一緒に帰りてえ〜」
「ならさっさと着替えて待ってればいいだろ……」
「たいてい誰かいるんだよ。オレはふたりで帰りてーの、寄り道しながら。どっかでお茶したり、公園のベンチでしゃべったり」
そう言いながら、こちらへ回ってきた宮城と目が合った。やっかみと哀願をこめた視線を向けられる。
「あー、いいよなあ、彼女いるやつは。し放題じゃん」
「ほら、絡まないでさ。そうだ、リョータ、なんか食って帰ろ」

さすが副キャプテン、安田のおかげで危うく難を逃れた。赤木、木暮コンビといい、今年の両人といい、きわめて良くできた組み合わせだ。流川もとっとと着替えを済ますと、待ち合わせの校舎裏の自転車置き場に向かった。



「えっ、なんで? どうしたの……」
なんでと言われても、理由など特にない。
「べつに。今日は時間ある……」
いつもは自転車を引きながら駅まで一緒に帰るのだが、ふと思い立って遠回りしようとポツリと口にすれば、呆気にとられ驚かれる始末。そんなに不思議そうな顔しなくてもと思えど、普段の自分に鑑みれば仕方がないことなのかもしれない。
淡い夕日が並んで歩くふたつの影を長く引き伸ばし、のどかな住宅街を進んでいく。すれ違う家路につく子供たちを見て、この先に広い公園があることを名前は思い出したようだ。

「ねえ、行ってみない?」
「ああ」
仕方がない風を装う自分は素直じゃない。
「入り口向こうだけど、そこから入れそう」
名前が指差す植栽の切れ目は人ひとりぐらい通れそうだ。まず流川が通る。両サイドの樹木は流川よりもいくらか低い。そして預けた自転車を受け取り、名前もするりと通り抜けた。中心となる芝生を縁取る散歩道が木々を抜けた向こうに見える。

「流川くん、この公園来たことある?」
「ねー。行くとしたら海の方のやつ」
「バスケゴールがあるとこか。そっか、そうだよね。わかりやすっ」
そう言ってクスクスと楽しそうに笑う名前の髪に、緑の木の葉がついていた。何気なく手を伸ばすと、ハッとして大きな目をさらに見開き見上げてくるではないか。心地よい夕風が長いまつげを揺らす。

「……葉っぱ、ついてる」
つまむように取り除くと、それを彼女の目の前に差し出してから指を開いた。はらはらと葉が落ちてゆく。次の瞬間、その手を小さな頬に。流川は身をかがめるとそっと名前に口づけた。

それはチュッと短いキスにもかかわらず、自分でも戸惑うほど大きく心が揺さぶられた。女の唇はこんなにも甘く柔らかいものだったなんて。
「る、るか、わ……」
驚きのあまり瞬きを繰り返す名前が言い終わらないうちに、たまらず抱き寄せ再びその唇を塞ぐ。後ろで自転車がカシャンと倒れる音がした──
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