仙道 前半戦

□conte 06
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県予選はベスト4という結果で終わった。
2日間の完全オフとなり、仙道は釣道具を片手にいつもの埠頭に夕釣りに行くと、見覚えのある制服の子がたそがれていた。彼女のわきにはテニスラケット。

「玲……ちゃん?」

声をかけると、こちらがビックリするほど驚いた顔をした。何でここに?と聞こうとしたのだろうが、先に釣竿に気が付いたようだ。

「よく来るの?」
「まあ、バスケの合間をぬってね。釣り、好きでさ」
「そっか。あ、昨日の結果聞いたよ……」

それ以上何も言わなかった。残念だったねとか、ベスト4おめでとうとか、そういう言葉がたいてい続くのに。そう言われても結果は変わらないので、何の慰めにもならないことを知っているのだろう。

「玲ちゃんはどうしたの?」

そう言いながら仙道は玲の隣に座った。

「んー、まっすぐ家に帰る気にならなくて。私も負けた……個人戦だけどね」
「そっか」

仙道もそれしか言わなかった。夕日になろうとする太陽の光をうけて、波面がキラキラと輝いている。仙道が餌をつけて釣り糸を投じると、玲もつられてじっと浮きを見た。


まだ 熱冷めやらぬって感じだな――
仙道はのんびり竿を構えた。涼しくなってきた夕刻にもかかわらず、彼女の周りは温度が違うんじゃないかと思えた。不思議な熱を感じる。見なくても海をじっと見据えているのがわかった。

さきほどの二言三言の会話からお互い黙したまま。どのくらい経った頃だろう、手元の竿がふいにしなる。玲もハッとし、思わず立ち上がった。一瞬出遅れたが 慎重にリールを巻くと『きす』がかかっていた。

「へえ、きすか。天ぷらにすると最高だよね。熱々を食べたいな」

久しぶりに玲が口を開いた。実にのん気そうな口調で。

「オレ、ひとり暮らしだから天ぷらはさすがにしねえな」
「もったいなーい! 他には何が釣れるの?」
「ウルメとか、アジとか」
「アジも油であげて南蛮漬けにすると絶品だよ。骨ごと食べれて、仙道、もっと成長しちゃうかもよ」と玲はおかしそうに笑った。

あ、笑顔見せてくれた、と仙道は思う。玲の笑顔にはここのところどうも落ち着かない気分にさせられる。

「今度アジ大漁だったら、玲ちゃんにあげるよ」
「ホント? うちのお母さん、料理の講師やってんの。持ってきてくれたら大喜びでごちそうすると思う。それに仙道みたいに食べそうだったら作り甲斐あるって絶対喜ぶ。うん!」と今度は無邪気に笑った。

さっきの熱気さめやらぬ彼女はどこへ──
仙道の顔は自然とほころんでしまう。いつも笑っていてほしいような、大切にしまっておきたいような、今までにない感情がわきあがってくる。

「マジ? 釣りに行く楽しみが増えたな」
「だからってバスケおろそかにしないでよね」
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