三井長編

□conte 01
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2月の日差しとも思われない明るい光がリビングに差し込んでいた。
惰眠をむさぼりさきほど起きた紫帆は、思った通り家族中が出払っていたので、そのままの格好で作ってあったサラダと、テーブルのパンをかじりながらテレビを見ていた。

両親がいたら、もうすぐ24にもなろう娘が……と嘆かれたに違いない。

とはいえ、たいてい休日は誰もいない。父は土日休みの仕事ではないし、母は実家の店の手伝いに駆り出されていく。
歳の離れた高校生の弟は部活三昧。今日は何の予定もないので、ひとり優雅な週末を満喫できる。そのはずだった。

珍しく家の電話が鳴った。しぶしぶ出ると、若い男の声。

「はい、あ、いえ、桜輔の姉ですけど」

両親の不在を告げると、彼は自分にことの次第を話した。

誰か行かなくちゃ―――
まだパジャマだとか、顔も洗ってないとか、どうでもいいことが頭をよぎる。とりあえず「すぐ行きます」と答え、慌ててしたくをした。

帰りは弟を連れて帰らねばならないだろう。母親の携帯に電話をしながら、保険証と車の鍵をひっつかむ。そして、乗り込んだ車のナビで「野口総合病院」を検索した。





病院内は外来受付も終わった時間のせいか、人の姿はまばらだった。整形外科の診察室の前に行くと、廊下に男性がひとり座っているのが見える。紫帆はおそるおそる声をかけた。

「中林ですけど…三井さんですか?」

彼はハッとして立ち上がった。弟も180pあるから慣れてるとはいえ、彼はそれよりも背が高く、やはり高校生とは違う大人の威圧感に驚いた顔をしてしまったようだ。三井は「わり……いや、スミマセン」と言った。


「いえ、お電話ありがとうございました。あの弟は……?」
「今、レントゲン撮りに…」

彼の視線が自分の後ろにいったので、振り返ると、車いすに乗せられた弟が看護婦さんに
押されてやってきた。
「姉貴、ごめんな……」と痛みがあるのか、少し苦しそうに桜輔は発した。

バスケ部の練習中に膝を強打したと聞いた。OBでコーチをしているという三井がすぐに病院に連れてきてくれたとのこと。
一緒に医者の説明を聞くと、やはり膝蓋骨骨折だった。いわゆる膝の皿が割れた状態。
「やっちまったな……」と三井が呟いた。

起こってしまったことは仕方がない。じゃあ、どうするかという話だが、骨がくっつくまで固定する方法だと全治に3か月。だが、1週間ほど入院して手術し、ボルトでつなぐと早くリハビリを始められる。
スポーツをやっている高校生には手術のがいいかもしれないなと医者は三井に向かって話をした。

そりゃ、自分はどう見ても保護者ではない。女の自分より、隣の大柄な男のほうが頼りになりそうだったのかもしれないが、紫帆はその医者と三井は知り合いなんだと── ふとそう感じた。

どうするかを本人に問うと、「早く治さないと、大会に間に合わなくなる」と弟は言った。今度の春で高校3年生になる。最後の大会……ここ何年も湘北高校は毎年決勝リーグの常連だ。

紫帆は無意識に三井の顔を見た。自分の決定を肯定してほしかったのかもしれない。目があった三井は少し驚いた顔をしたが、小さく頷いた。それは紫帆をとても安心させた。

「手術でお願いします。両親とも相談しないといけないですけど、早く治してバスケが出来るようにしてあげてください」
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