三井長編

□conte 03
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休み明けに桜輔は手術を受けた。1週間は安静らしい。とりあえず問題はなく経過を見てリハビリを始めるそうだが、若さゆえに骨も早くつくだろうし、あとは本人の頑張り次第ということだった。

母はあの日、病院には間に合わず、家に先に帰って待っていた。
早く骨折が治るようにと、カルシウムを連想するありとあらゆる食材を買い込んで。あじのフライにして、ひじきを煮て、しらす大根、葉物野菜もけっこうカルシウムが多い。
「肉食いてえ」と桜輔は言っていたけれど。

手術が終わった日の夜、母がその付き添ってくれたコーチに報告とお礼を言いたいと言ってきたので、もらった名刺を探す。あの日着ていたコートのポケットの中から出てきた。
あっ── 今ごろ表を返して驚いた。会社が近い。きっと同じ駅だ。平日は仕事をして、土日は母校でコーチ。バスケが好きじゃなきゃ出来ないだろうなと思う。

母がよそゆきの声で電話をかけ始めた。さて、お風呂入ろっかなと自分の部屋に戻ろうとしたら、母が追いかけてきて子機を渡された。

「お姉さんに代わってって」
「は? 私?」

もしもし? と不審そうにでると先日の聞き覚えのある声が耳に届く。

「……わりいな、ちょっと聞きてえことあってよ。車に小さな鍵、落ちてねえかな?」

会社のロッカーの鍵だという。見てくるから掛け直すといったん切った。

冬の夜の冷気が刺すように冷たい。お風呂に入る前で良かったと思いながら、コートを着て懐中電灯片手に庭の車へ。助手席の周りを探してみるがない。携帯を取り出し、三井に電話をかけた。

「ない……ですね」
「後ろはどうだ? 桜輔を座らせた時に」

ちょっと待っててください、と後ろの座席の下を見れば──

「あ、ありました! たぶんこれ」
「マジ? よかったあ、やっぱそこか。でもどうするかな…週末に取りに……」
「ロッカーの鍵でしょ、ないと困るんじゃないですか?」
「まあな、何とかなるけど不便は不便……」

湘北の学区内であれば、そんなに遠くないだろう。このまま車で届けてもいい。だが、彼は横浜市内にひとり暮らしだと言うではないか。
紫帆はさきほど見た名刺を思い出した。会社が近いことを三井に話し、朝、駅で受け渡しをしようと提案した。

「ただ、私、8時すぎに会社着くように行ってて……」
「もちろん、その時間でいいぜ?」

桜輔がお世話になったわけだし、このくらい何でもない。それなのに意外と彼は恐縮していた。

「悪いな、探させて、明日の朝も。それに寒いだろ。風邪ひいたりするんじゃねーぞ?」

寒いだろ? そういうことに気が付く人だってことが予想外だった。

「そんな繊細じゃないから大丈夫ですよ」
「あ、そうだったな。『元湘南白蘭』をナメるな、だっけ?」

笑いながら「じゃあ明日」と電話は切れた。
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