三井長編
□conte 04
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土曜の夕方、紫帆も入院以来初めて桜輔を見舞った。というより実家の手伝いで行けない母親に頼まれて洗濯物を届けに。
「あ、そうだ、あのコーチの三井さん、お見舞い来てくれるって」と思い出して言ったら、今それ言ってんのかよ、と上から当人の声が降ってきた。
「どうだ? 中林。月刊バスケット持ってきたぜ。あとこれ」
「すみません、ありがとうございます!」
「おとなしくしてんだろうな? バスケしたくてうずうずしてんだろーけどよ、今だけだと思ってきちんと治せ。無理して長引かせちまったヤツも見てきたからさ……」
今日の三井は練習を途中で切り上げてきたそうでジャージ姿。最初に出会ったときにこれだったせいか、しっくりくる。
紫帆が飲み物を買いにいっている間に、ひとしきりのバスケ話は終わったらしい。病室に足を踏み入れようとすると、男同士の話が聞こえてきた。
「エロ本でも持ってきてやれば良かったか?」
「隠すとこなくて困りますよ。看護婦さんにすぐ見つかっちまう」
「あ、若くてかわいいナースは? いねえの?」
「年季入ったのばっかりっすね」
「そりゃ、つまんねーな」
「そうでもないみたいですよ」と紫帆は買ってきたものを三井に差し出すと、その不意打ちに椅子からずり落ちそうに驚かれた。
「彼女が毎日来てくれてるらしいね。今日も入れ違ったし。っていうか、私、邪魔した? こっそりチューしてたでしょ」
「な、な、なんでそれを……」
「グロスがついてた」
紫帆はニヤっとしながら、人差し指を唇にあてた。なんだよ、充実した入院生活じゃねーかと三井は苦笑いした。
けれど── 夜の病室が居ても立っても居られない不安を招くことも三井は知っている。病院の消灯時間は早い。その暗闇と静けさが、余計に焦燥感を煽る。
自分はなぜこんなところにいるのか。
学校は? というよりバスケは?
しかも退院したところで、待っているのはリハビリ。もとの場所に戻れるのはいつなのか。戻れるのか……
今はまだいいが、この心に影を落とす暗い感情に飲みこまれてしまわないか、それが心配だ。