三井長編

□conte 09
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今月末で仲のよい先輩が辞めるので、それを惜しむように3月になってからよく一緒にご飯を食べたり飲んだりして帰っていた。

皆と別れた横浜駅。金曜の11時過ぎのこの時間はいつになくホームに人が多い。滑り込んできた東海道線もギュウギュウに混んでいた。

ドアが開くと、全員が降りてくるのではないかという勢いで人々が溢れ出てくる。その人波にのまれそうになっていると、紫帆は腕を掴まれた。

「ほら、乗り損ねんぞ?」

振り仰ぐとそれは三井だった。だが驚いている暇もない。
あれだけ人が降りたのに、それなりにまた乗り込むから車内は相変わらずの混雑ぶり。三井に押し込まれてドアが閉まるとともに、その手も外された。


「びっくりした……」
「それはこっちだ。前でモタモタしてる女がいるなと思ったら……飲んでんのか?」
「そっちこそ」
「オレは真面目な残業帰りだ!」

ずいぶん遅くまで……どこも期末近いから忙しいのだろう。
三井が今どこに住んでいるのかなんて知らないが、これに乗るということはきっと明日湘北にいくために実家に帰るということ。そもそも土日を空けるためにこの時間まで残業していたんじゃないだろうか。

本当にバスケが好きなんだなと改めて感心する。そんなに好きなものがあることが羨ましくすらある。
ふと下から彼を見上げて、顎に傷があるのに気付いた。だがそれよりも目についたのは──

「三井さん、身長いくつ?」
「あ? 最近測ってねえからな。たぶん185くらい?……って何、笑ってんだよ」
「頭にぶつかってるから」

ドア付近の吊革は少し高めに設定されているとはいえ、揺れるたびにコツコツと三井にあたっている。
「ああ、そうなんだよな」と言いながら、三井はそれを手にした。

「桜輔、あいつはどのくらいだ? あいつもこうなるんじゃねえの?」
「わかんない。弟と電車なんか乗らないし」
「ま、それもそうだな」
「ケガしてからだなあ。それまで日常、ほとんど関わってなかったよ? だいたいいつも部活でいないしね」

社会人の姉と現役高校生。同じ家に暮らしていても、そんなに接点はない。
時々顔を合わせては、その大きな体が邪魔だとか、トイレの便座をちゃんとおろして! などといったくだらない口論をし、向こうからは運動しねえと太るぞ? とか、早く次の男つかまえろよ、などと言われるのがオチ。

そう三井にうんざりするように言うと、「中林姉弟らしいな。想像つく」とクックと笑われた。

何が『らしい』のか?と思ったが、三井の前でも何度かしでかしていることを思い出し、しかも初めて会った日にも……少し決まりが悪くなって俯いた。
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