三井長編
□conte 19
1ページ/2ページ
弟のケガが完治しつつある今、湘北高校へ行く理由はない。毎日同じ駅で乗り降りしているとはいえ、偶然なんてそうない。だいたい名刺の会社の住所からして、自分とは逆の北口利用。
実家がどのあたりか知っているけれど、三井のひとり暮らしの部屋はどこなのかも知らなかった。
あまり言いたくないであろう高校時代の話を聞いたからって、実際は何も知らない自分に気付く。
それでも三井に会いたい──
日曜。何もないからとのんびりしてると、紫帆の携帯が鳴った。桜輔からだった。
忘れ物をしたから届けてほしいとのこと。今までだったら冗談じゃないと思うところだが。
一瞬、期待しかけた紫帆は慌ててそれを振り払った。こういう時に限って三井は来ていなかったりするものだ。
案の定、今日は湘北高校で練習しているのではないという。
「どこにいるのよ?」
「陵南で練習試合なんだよ。それねーと試合出れねえから頼むよ」
「陵南って、あの江ノ電の?」
「そうそう、だからわかるだろ? 姉貴お願い!」
真夏や真冬だったら、絶対行かない。けれど、三井のおかげでまたバスケへの情熱を取り戻した矢先の弟の頼み。甘いよなあと思いながらも、しぶしぶその試合先の高校へ向かった。
高校のころ、自分はバス通学だったけれど、駅でいえば江ノ島駅が近くだったため、時々この電車には乗った。
妙に懐かしい。陵南高校といえば、近くの共学校で、かっこいい人がいるからと友人たちとこっそり見に行ったこともある。そんな思い出に浸りながら、その学校の体育館に向かった。
「助かったよ、サンキュー、姉貴」
「ずいぶん軽いし、調子いいわね。まあ、見返り期待してるから」
へいへいと返事をしながらも、自分よりずっと背の高い弟は全然こちらを見ていない。そして、何かを探しあてると、姉の存在をすっかり忘れたかのようにそちらに声をかけた。
「三井さーん」
驚きを隠せないまま振り返ると、ジーンズに無造作にシャツを羽織った三井がこちらにやってくるところだった。
「見に来てくれたんですね」
「行くって言ったじゃねーか。因縁の陵南だしな」
2日前に映像で見た三井が、少し大人びた雰囲気をまとってここにいる。何だか不思議な錯覚を見ているようだ。その三井の視線が自分に落ちた。