牧 中編

□シネマティックストーリー 01
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毎年この時期に催される映画祭。
主演俳優陣も来日し、好きな人にはたまらないのだが、娯楽性のあるハリウッド映画と違ってクセがあるので人を誘いにくい。
しかも見たいと思った作品は土曜の夕方からであり、たとえ女友達を誘ったとしても、彼と約束があると断られるに決まっている。
麻矢は前売り券を1枚だけ購入した。


有楽町マリオンのからくり時計の前は、待ち合わせの人々で大賑わいだ。その脇をすり抜けるようにエレベーターを目指す。
館内も込み合っていたが、時間前から並ばずとも、ひとりだと意外といい場所をキープできた。
おひとりさまも悪くない。

見終わってからも、誰に気を遣うでもなく自分のペースで。皆が一斉に出口に向かうタイミングをやり過ごし、エンドロールも終わろうとするころ、ゆっくりと立ち上がった。

薄暗がりの中、斜め後ろに座っていた男性も立ち上がる。彼と目が合い、「あっ」と思わず声が出た。

「牧くん……」
「上野……か? 驚いたな。あれ、ひとりか?」
「牧くんこそ」
「とりあえず出よう」

こんなところで会うなんて。
牧とは高校卒業以来だろうか。
それなのにすぐにわかったのは、彼がまったく変わっていなかったからだ。当時からすでに出来上がった大人の顔をしていたとはいえ、ここまで変わらない人も珍しい。


「久しぶりだな。今は何してるんだ?」
ホールに出ると、牧が口を開いた。

「普通に働いて社会人やってるよ」
「で、土曜の夜にひとりで映画か?」
「見たいのがこの時間だったんだから仕方ないの! 牧くんだって」
「俺も同じだ。はは、そうか。どうだ? せっかくだから、このあと軽く飲んでいかないか?」

思いもよらない誘いに驚いたけれど、努めて平静を装い「いいね」と頷くと、牧は笑みをさらに深めた。
その柔らかい笑顔に、自分の頬が紅潮したことに気付き、麻矢は慌てて視線を落とした。

乗り込んだエレベーター内は今までとは対称的に明るい。

「牧くん、相変わらず黒…焼けてるね……」
「笑うな。これでも最近は気をつかってるんだ……」
「日焼け止めしてるの? じゃ、今度ぜひわが社の製品をお試しください」
「わが社?」
「化粧品会社に勤めてるの」
「なるほど……」


数寄屋橋の交差点を超えてから、小路を百メートルほど入る。それだけで表通りの煌びやかさを忘れてしまいそうなくらいの落ち着いた顔を見せるから、銀座は表情豊かな街だ。
そこにしっとりと馴染んでしまいそうな牧。

「スーツだったら、そのまま並木通りの高級クラブに消えていきそう」
「俺のことか? 行ったことがないとはいわんが、若造にはまだ早い」
「若造は自分のことを『若造』なんて言わないよ」
「そうか?」
「そうだよ」

そして手慣れたようすで店のドアを開けてくれる。彼の中で女の子は自分よりもはるかに小さくか弱い存在だという認識があるらしく、高校のときからレディーファーストな一面はあったような気がするが、さらに磨きがかかっているようだ。

座るときの気遣いも、ワインを選ぶときにこちらの希望を伺いつつも、これにしようと決めてくれるのも。
そう、女は結局のところ男に決めてほしいのだ。そういう女性の心理をわかっているのか、それともただ女性慣れしているだけなのか、わからなくなってくる。
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