牧 中編

□シネマティックストーリー 02
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あれからひと月近く、麻矢は忙しい毎日を送っていた。
新商品の発売がすぐ目の前に迫っており、定期的な業務の他に、突発的な依頼やトラブルが飛び込んできてリスケせざるを得ない。

今日も何時までかかるかわからないと、せっかくの金曜の夜だというのに誰とも約束をせずにいれば、夕方からの会議が急遽なくなり、思いのほか早い時間に退社できた。
そうは言っても、20時近い時刻。
おとなしく帰るかと地下鉄の階段を下りかけていたところ、携帯が鳴った。まったく予想もしない相手からだった。

「今、いいか?」
「ちょうど仕事終わったところ」
「じゃ、高砂と飲んでるんだが、来ないか?」
「高砂くん、懐かしい! でもいいの?」
「上野と会った話をしたら、呼べと言ったのは高砂だ。遠慮するな」
「20分ぐらいで行けると思う」


金曜の新橋は喧騒に包まれている。どこを見渡してもサラリーマンだらけ。指定された店もこの街によくあるタイプの居酒屋で、いかにも仕事後に一杯といったグループがそれぞれのテーブルで思い思いに飲んでいた。
その中でもひときわ体の大きなふたり組はすぐにわかった。周囲と妙に馴染んでいながら、でもなぜか非常に目をひく。

「どうも、高砂くん、久しぶり」
「おお。わざわざ悪い。上野もこの辺だって聞いて」
「ううん、ありがとう。思ったより早く終わって、飲みたい気分だったからラッキーだったよ」

牧が隣のイスを引いてくれたので、そこに座った。店員からおしぼりを受け取りながら、「私も生中を」と言い、彼に顔を向けた。

「牧くんも電話ありがと」
「この時間で早いのか? 大変だな」
「新商品の発売を来週ひかえててね。牧くんは打ち合わせか何かで来たの?」
「虎ノ門ヒルズでフォーラムがあってな」
「へえ……。ね、それってもしかして、聞いている側じゃなくて、前で発言する側? プレゼンターとかパネリストとか?」
「知り合いからの依頼で仕方なく。そんな大きな規模じゃない、せいぜい参加者100名程度だ」
「いや、普通にすごいよ」

「お待ち」
ビールが来た。
「じゃ、とにかくお疲れさまで乾杯」
ジョッキをふたりのそれに軽く当ててから傾ければ、よく冷えた液体が喉を潤していく。勢いよく流し込むと、はぁ、と息をつく。それを見て高砂が「いい飲みっぷりだな」と片目を細めた。

「高砂くんは? 何の仕事してるの?」
「俺はビルマネジメント会社に勤めてる」
「営業成績ナンバーワンだそうだ」

さらに牧は付け加える。

「しかも彼女と結婚を考え始めている、という話をしていたところでな」
「えー、なになに? 公私ともに充実? 羨まし過ぎる」
「いや……その、もう5年たつし……まあ……」

大きな体で照れる彼がかわいい。
ビールをテーブルに置くと、麻矢は感心したようにふたりを眺めた。
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