牧 中編

□シネマティックストーリー 05
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駅の改札を出ると、夏を思わせる太陽が地上に降り注いでいた。梅雨明けの発表前だというのに、ここ数日の空は青く澄み渡っている。
麻矢は折り畳みの日傘を出すと急いで差した。紫外線は肌の天敵。仕事柄、人よりも意識しているつもりだ。

都内の一等地であるこの辺りは、おしゃれで清潔感に溢れ、すれ違う人々もまた洗練されている。
街路樹の植えられた通りから一歩入ると、その建物はひっそりとあった。
およそスポーツクラブらしくない外観に、おそるおそる中に入ると、麻矢は奥のロビーを見渡した。

男がひとり座っている。
あの広い背中は牧だ。
こちらに気が付くと、少々照れた表情でソファーから立ち上がった。

「場所、すぐわかったか?」
「うん。それにしても素敵なクラブだね。女性受け良さそう。高級リゾートみたい」
「だから……男ひとりじゃ来づらくてな」

確かに、牧のようなタイプには似合わない。
鍛えることが目的の人は来ないだろう。
麻矢は上目遣いにチラッと牧を見た。

「なんだ? やっぱり浮いてるか?」
「そんなことないよ? そうじゃなくて、明るい時間に牧くんと会うのが久しぶりだなって」
「いつも夜で酒ありきだったからな」

そう言ってニヤリとすると、「今日は健全かつ健康的にいこう」と牧は麻矢の背に手をあて促した。


手ぶらでいいと言われた通り、身ひとつで来た。ウェア、タオル等もすべて無料でレンタルでき、至れり尽くせり。
さながら高級ホテルのスパのようだ。

着替えを済ませると、レモン水をいただきながらパーソナルトレーナーから説明を受ける。
ヨガの要素を取り入れたストレッチをするとのこと。彼は牧を意識したのか、「物足りないかもしれませんが」と付け加えた。

肩や腕、背中や腰の筋肉を伸ばしていく。
筋膜をほぐして押し広げていくような動きに、牧はいつもと勝手が違うようで、トレーナーに姿勢を直される。
だがすぐに要領を得て、呼吸法も習得してしまった。意外と身体が柔らかい。麻矢は上半身をななめにひねったまま、眉をひそめた。

「ずるいなー。すぐに何でも出来ちゃうんだね。その筋肉は自由自在に伸び縮みするの?」

牧は笑ってごまかしたが、トレーナーが「本当にしなやかな筋肉ですよね。僕のほうが見習わないと」と感心して言った。

「私はこれ以上はムリ……」
「そこまででいいですよ。深呼吸して、背中の筋肉を意識してみてください」
「なんか、じんわりきますね」

牧も同じ姿勢をとる。

「こういうゆっくり刺激を与える動きも気持ちがいいものだな。思ったよりも汗が出る」
「良ければトレーニングに取り入れてみてください。体幹も鍛えられてケガの防止にも役立ちますよ」
「なるほど」と牧は深く頷いた。
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