牧 中編
□シネマティックストーリー 09
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店を出て、ものの5分もしないうちに海南大付属高校に着いた。
卒業してから約10年。近くを車で通ることはあったが、目の前まできたのはいつ以来だろうか。すでに辺りに人の気配はなく、門はしっかりと閉ざされていた。
しかし、夏の夜はまだ始まったばかりである。
「ねぇ、あの武道場の裏ってまだ……」
麻矢が言うと、牧も「同じことを考えてた」とニヤリと笑う。
近所の商店に行くのに、皆がこっそり抜け道として使っていたフェンスの隙間。
いくどか塞がれたことがあるが、そのたびに壊され、学校と生徒側のいたちごっことなっていたのだが。
塀にそって裏手にまわると、道路から死角となる植栽の影にやはりそこだけ不自然な空間があった。
気持ちばかりの簡易なネットが張られており、体を成しているが、まるで意味がない。
「ふふ、やっぱり。こんなところも変わってないね」
「しょうがない、お邪魔させてもらうとするか」
牧が先にするりと通り抜け、続いて麻矢も身を滑り込ませた。暗がりの中、前が見えずに牧の背にぶちあたる。広い背中。
「ご、ごめん……」
「こっちだ、足元気を付けろ」
伸びてきた手が自分の肩を優しく包む。
わずかに身体が緊張した。
まばらな外灯の明かりを頼りに防犯カメラを避け、建物に沿って進むと、本館の校舎に出た。
窓から覗き込みつつ、ここは音楽室だったとか、3年の教室はあそこだったなど、ふたりで記憶を辿る。
遠い昔のようでありながら、たぐり寄せれば驚くほど鮮明に浮き上がってくるから不思議だ。
たまらなく懐かしい。
やがて体育館に行きついた。
周囲の薄闇は静かに淡くふたりを迎え入れる。
「やはりここだな」
「高校生活のほとんどを占めてるんじゃない?」
「そうだな。明けても暮れてもバスケだった」
牧はかすかに笑って、ゆっくりと扉に手をあてた。
「さらに隙あらばサーフィン。定期テストは容赦なくあるし、今より忙しかったかもしれん。だけどバスケがしたくて、そして勝つことしか考えていなかった。勝つためならば、あの辛い練習も耐えられた。自ら追い込むようなことまでして、よくやったもんだな。大学でもそんな生活だったが……やはりここは別格だ」
そのころの思いに寄り添うように、牧は淡々と語った。彼の誠実な目が、懐かしさをしみつかせ柔らかく崩れていくのを麻矢は見つめていた。
「あの頃は―― 『海南の牧』と言われることを違和感なく受け入れていた。それにふさわしくあろうとした。そのためにはその他の高校生らしいことはさて置いて……な」
その目が麻矢に注がれる。
「オレにも気になる女子ぐらいいたんだ。信じられないだろ? もっともバスケ部の連中は気付いてたがな」
「信じられないっていうより……牧くん、告白されても全部断ってたから、興味ないんだとばっかり」
「はは、そう思われても仕方がない。そういう生活だったからな。それでいいと思ってたのも確かだ。だからそのまま忘れかけていた、ごく最近まで……」
牧はそう言い、「その女の子と偶然再会したんだ。映画館で」と続けたのだった。
その告白自体は、意外ではなかったのかもしれない。昼間の友人の話と総合すれば、ごく自然にこんな告白へと行きつくものがあったのだから。
だが、これまで保たれていた距離が不意に縮められたようなその場の雰囲気だった。
次の瞬間、牧に抱き寄せられた。