牧 中編

□シネマティックストーリー 11
1ページ/2ページ


目覚めると、うつ伏せに眠っていた。まるで力尽きたかのように。牧の規則正しい寝息だけが麻矢の耳に届く。
今日が休みの日だということにはすぐ気付いたが、今のこの状況を理解するために、麻矢は再び瞼を閉じると大きく深呼吸をした。

牧の部屋で朝を迎えたことに驚きはない。ただ、自分はいつ寝てしまったのだろう。記憶がない。
その記憶はないが―― 身体の中には牧がまだ心地よく揺れ動いていて、問答無用で昨夜のことが思い出される。呼吸もままならないキス、まだ残っているぬくもりや肌の感触に、頬が上気した。

しっかりしろ、自分。
麻矢は顔を反対に傾け、そっと目を開けた。隣に横たわる牧の、額から鼻筋そして顎へのラインを目でなぞった。
真上をまっすぐに見上げ仰向けで眠る牧。微動だにしない。その姿勢正しさに、こんなところまで几帳面なんだなとおかしくなる。ふふっと笑いながら、牧の肩に頬寄せた。

思い起こせば、いつも自信に満ち溢れ、冷静な彼に、昨夜は狂おしいほど情熱的に求められた。
逞しい身体をあますことなく感じ、隙間なく抱かれれば、これでもかというほどに牧自身を教え込まれる。終始、意のままに操られ、言葉より丹念に―― 思い知らされたのだからたまらない。

そして、こっちはこっちで暴かれたような気がする。その指先で、その舌で。
望むと望まざるとにかかわらず、すべてを開かれ、明かされた。牧の胸の中で我を忘れた。
そして身体の隅々まで埋め尽くすほどの優しさと熱で、心まで溶かされる。その挙句に与えられたものは、この上ない安心感。今も、傍らからにじみだす温かさに麻矢は浸っていた。


「ん……麻矢? 早いんだな……」
眠気の残ったかすれ気味の声。
「ごめん、起こしちゃった?」
「休日もこの時間に起きるのか……?」
「ううん、いつもなら二度寝しちゃう」

「そうか、じゃあ……」と牧の腕の中に引き寄せられた。すでに覚えてしまった彼の香りに包まれて安堵するとともに、ぴったりと寄り添う肌にドキドキが止まらない。
少しの沈黙のあと、眠ったのかと思われた牧が不意に口を開いた。

「昨夜言ってたこと……あれは本当…か?」

何のことだろう。飲んでいる時のことか、それともベッドの上でのことか。

「あれって……?」
「その、麻矢も高校のとき、オレのことを……だと」
「あ……」

その会話がなされたのは、牧に抱かれ、ひとつに繋がれたときのこと。感情のままに「好きだ」と耳元で牧に告げられ、こちらも感極まって――
「好き。牧くんが好き。高校のときも好きだった」なんて勢いあまって、つい口走ってしまったのだ。まさに行為の真っ最中のことゆえに、思い出すと恥ずかしい。

「……うん。でも当時は伝える勇気がなくて」
「それはオレも同じだ。それに、今で良かった」と牧は目を細めた。

「あの頃はまだ未熟だったからな。きっとバスケやその他諸々とバランスが取れずに、すぐにダメになっていただろう。麻矢を傷つけてしまったかもしれない」
「じゃ、今は?」
「この10年で少しは大人になったつもりだが、どうかな」

そう言って牧は笑って、裸の麻矢に視線を落とす。

「麻矢は綺麗な大人の女性になった――」と情を含んだ目で見つめられたら、いっきに鼓動が早くなり、息が止まりそうになる。息苦しい。
「もう、見ないで」
麻矢は肌掛けを首元まで引き寄せた。だが、その下で、背にあった大きな手がゆっくりと、身体のくびれにそって下ってゆく。

「見なければいいんだな?」

麻矢の髪に顔を埋め、牧はグッと彼女の腰を抱いた。昨夜以上の結びつきを求めるかのような抱擁に、抗う気などさらさらない。ふたりの身体にまた熱い波が押し寄せてきた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ