牧 中編

□シネマティックストーリー 12
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最終話

空と海は、湘南の夏の色そのものに輝いていた。正門から入り、駐車場に車をとめドアを開けると、一気に蒸し暑い空気が流れ込んでくる。そこに混じる潮の匂い。
かつての青春のきらめきが、ここへ来ると肌にせまってくるように感じられる。

「今日は堂々と正面から、だな」
「ふふ、そうだね。この間は怪しい侵入者だったよね」

明るいところで見る校舎の全容に、またしみじみとした趣きを覚える。時間の流れが変わる気がするから不思議だ。そしてそこに今も変わらず牧がいることが一番感慨深い。

「麻矢、どうした?」
「懐かしいな〜って」
「だから、この前来たばかりじゃないか」

あの時はそれどころじゃなかったんだって!と思いつつ、牧について体育館へ向かえば、これまたよく知った景色の中に見覚えあるふたり。
「牧さーーん!」と手を挙げる彼、髪はすっきりと短くなっているが間違いない。その隣の彼も、凛として爽やかな印象は変わらない。
牧はふたりに麻矢を紹介した。彼らの頬に親愛の情が浮かぶ。

「知ってますって、オレたちは」
「高校の時は、髪、このくらいでしたよね?」
「そうだったか…も……」

「余計なこと言うな」と咎める牧に、他にもOBたちが声を掛けにくる。麻矢も高砂や宮益と再会を喜びあった。

「宮くん、変わってないね」
「上野さんとこうやって会うことになるとはね。驚いたけど、妙な納得感もあるなあ」

そう言って、メガネのふちを押し上げる仕草は相変わらずそのままだ。

「こうなると思ってたよ」と上から笑いかけてくれる高砂の横には控えめに寄り添う彼女。
「聞いたよ、おめでとー。あとでプロポーズの言葉教えてもらうからね?」
「オレこそ聞かせてもらいたいもんだな、牧の10年越しの告白」
その時、ふいに腕をひかれた。

「それは勘弁してくれ」
会話に割ってはいってきた牧は、やれやれとため息まじりに呟き、「さ、着替えてアップ始めるか。あの頃以上にしっかりやらんとマズイんじゃないか?」と取り仕切っていく。
10年前、秘かに目で追っていたその広い背中を、麻矢は心おきなく見つめた。

現役部員たちの配慮で、体育館には『常勝』の横断幕が掲げられていた。それとは対照的に、ボールよけのネットを張った舞台の上では、小さな子供たちが声をあげて走り回っているのが微笑ましい。
用意された椅子に座れば、ひと汗かいた牧がタオルで額を拭いながら戻ってきた。スポーツドリンクを手渡すと、ほっと一息。

「あの紺のTシャツの彼が去年のキャプテンなんだが、なかなか――」

確かに彼の動きは目を引いた。若そうだなと思っていたが、ついこの春まで高校生だったということか。ふいに前に座っていた神が振り向いた。

「ポジションも1番だそうですけど、彼、藤真さんタイプですね」
「ああ、そうだな。クレバーなパスを出す」
「なら牧さん、王者海南を見せてやりましょうよ!」
「ここは皆、海南だ。にしても、敵にまわしたら手ごわいな」
牧が苦笑する。
「そんなことないっすよ。牧さんのパワープレイで蹴散らすまでっす」

どこまでも牧贔屓な清田。知ってはいたが、まったくこの子はと自然と顔がほころんでしまう。しかも、この後のチーム分けで清田は牧と別になってしまったうえに、噂の彼と同じチームになったものだから興味深い。これぞOB会の醍醐味だろう。
だが、それより、久しぶりに見るコート上の牧に麻矢は目を奪われた。
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