牧 中編

□シネマティック Rival 02
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「偶然って続くんだな」と彼はゆったりと微笑みかけてきた。白い麻のシャツの襟元にはメタルとレザーのネックレスをさりげなく合わせ、くだけた装いの中にも清潔感がある。
職業柄、自分を表現することにも長けているのだろうか。第一印象で相手の警戒心を解くような柔らかさがあった。

「ほんとびっくり。あ、あの……彼は牧くん。で、こちらは、新作の宣伝デザインを担当してくれることになった星野くん」
麻矢が紹介した。
「どうも、初めまして」と彼が頭を下げる。そしてふっと表情を止め、「上野さんの彼氏?」とニヤリと麻矢に笑いかけた。それにはにかんで答えると、「ちょっとお邪魔していいかな」と彼女は中を指さした。

挨拶まで交わしたら、寄らないわけにはいかない。牧も麻矢とともに足を踏み入れた。天窓から外光が差し込み、明るく開放的なギャラリーだった。白い壁に水彩、油彩、リトグラフと多岐にわたる技法を用いて、大小さまざまな作品が飾られている。いずれも幾何学的で抽象化されすぎて、よくわからないというのが素朴な感想だ。

「オレには難しい……な」
「私だってわかんないってば」

そう囁き合っていると、彼が苦笑しながらやってきた。

「独特というか不可解だろ?」
「そうね、正直なところ」
「花だったり人物だったりわかりやすいものが描かれていれば、きれいとか美しいとか言えるけど、これは何だかわからない。だから見てしまう。わかってしまったらつまらない、わからないから面白いって感じかな」

なるほどと思うような、余計に持て余すような。とにかく芸術とは複雑で、一筋縄にはいかないものらしい。牧は首を傾げた。

「それって宣伝手法でもあるよな。ほら、最後まで見ないと何のCMかわからないタイプが流行っただろ、特に海外で──」
「今度のSPでそれ応用できないかな、人間の深層心理に働きかけるような──」

話が仕事絡みになってきたところで、牧は一歩離れて次の作品に移った。やはり良し悪しはまったくわからないが、赤と紫の色使いは温かみがあっていい。しばらく眺めてから、麻矢に先に行っていると軽く合図し、その場を離れた。


カフェスペースも白を基調にナチュラルな木目のインテリアでまとめられており居心地がよさそうだ。窓際の席に座り、牧はコーヒーを注文した。ふと顔をあげると、奥にふたりの後ろ姿が見えた。
星野といっただろうか、彼の名は。きちんと整えられた顎ひげは、むしろ品があり嫌味がない。男性的な顔立ちでありながら、目を細めて笑うと甘い雰囲気が加わる。穏やかな語り口は聡明さを感じさせ、柔和な人物であることが伺い知れた。
と同時にほんのわずかだが違和感を覚える。それこそ抽象的で、まとまりのつかない不可解な感覚。何か厄介なことを抱え込んだような厭わしさ。
初めて会った相手にいわれのないこんな感情を抱くなんて初めてだ。いたたまれない気持ちになり、彼から視線を引きはがすと、牧は窓の外に目をやった。
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