牧 中編

□シネマティック Rival 03
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翌週、彼はいくつかのデザイン案を携えて麻矢の会社へやってきたそうだ。
スケジュール的にかなりタイトだったにもかかわらず、そのどれもが完成度が高く、とても良い出来だったという。訴求すべきターゲット層にしっかりマッチし、なおかつ独創性があり、魅力的なデザイン。同級生というひいき目を抜きにしても、彼のセンスは光っていたらしい。

「このあとさらに煮詰めていくわけだけどね」
「どのくらいで出来上がるんだ?」
「今回は製品開発が遅れたからあと3か月しかなくて、無理言って急いでもらってるの。これからが正念場で、打ち合わせに次ぐ打ち合わせで忙しくなりそう」

そうか、とだけ牧はポツリと返した。
忘れかけていた彼の名が再び登場し、頭に思い浮かんだのは、ギャラリーで親しげに会話をしていた麻矢と星野。今後はさらにその機会が増すのかと思うと、薄暗い感情が淡く霧のように胸の奥底に広がる。

「後輩もすごい張り切ってるんだよね、星野くんのことかっこいいって。いい男との仕事はやる気出るー!なんて、まったく動機が不純なんだから」

確かに、彼には女性に好まれそうな雰囲気があると牧も思った。爽やかさの中に、感性豊かなセクシーさがある男。今まで自分の周りにはいなかったタイプだ。

「麻矢は、どうなんだ……? その、彼のことを」流れに任せて、できるだけさりげなく牧は尋ねた。

「私? まあ、普通にかっこいいんじゃない?とは思うけど、だからって別に。それより、星野くんがああいう作品作るなんて思わなかったんだよね。意外っていうか、あれは女心をそれなりに理解してないと。もしかして女性経験豊富なのかな」
麻矢が首を傾げながらいった。

「さあな。想像力が豊かなんじゃないか」
「あー、男の人って男の人のことをかばうよね。怪しい」
「そんなことはないさ」
「私、最初、牧くんも女性慣れしてるのかなあって思ったよ?」

牧はちらりと視線だけあげた。自分に話が振られるとは思っていなかった。麻矢はいたずらっぽい目つきで覗き込んでくる。

「自然に誘ってくれて、フェミニストなわりに適度な押しの強さで、なんか余裕たっぷりだったし」
「そうか? 気になる女の前ではカッコぐらいつけるだろう」
「え、あの時、カッコつけてたの? 牧くんが?」

なんだか分が悪い。牧はぐいっとビールをあおいだ。さっきからずっと汗がとまらない。すると、麻矢の手が伸びてきた。タオルで額の汗をぬぐってくれる。
「ふふ、辛い?」と笑いながら見上げてきた。

横浜中華街の四川料理の店にきていた。関帝廟通りの中ほどに位置し、唐辛子をイメージさせる赤い外観が目をひくだけあって、その辛さも半端ない。赤々とした麻婆豆腐を口にすれば、じんわりと汗ばむほど。

人は疲れていると、甘い物が食べたくなるという。糖分はエネルギーとしてすぐに使えるからだ。
では、辛い物を欲するのはどういう時なのだろう。辛い物を食べると、全身の血行が促進され、新陳代謝が活発になるらしい。
なるほど、ならば、汗とともにつまらない気掛かりや憂いも流してしまいたい。その強い刺激で打ち消してしまえばいい──
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