牧 中編

□シネマティック Rival 04
1ページ/2ページ


デザイナーというと、華やかでアーティスティックな仕事のイメージだが、実際は文字や形をミリ単位で何度も調整したり、作り込みなどコツコツと地道な作業の積み重ねだという。しかも納期に追われるという点でも、他の仕事と変わりないそうだ。
お互いの仕事の話もよくするので、不本意ながら牧もだんだん詳しくなってきた。

何でもないようなことや日常も、麻矢とはちゃんと語り合える関係でいたいと思っている。だから、顔も知らないが、彼女の周囲の人間の名は覚えているし、会話に一番登場するのは今回のPRチームの男性リーダーだ。
にもかかわらず、星野の話になると心なしか落ち着かないのはなぜだろう。仕事だけでなく、プライベートでもあれよあれよと距離が縮まっていくのを薄々感じているからかもしれない。

あの後も、ふたりだけではないとはいえ何度か飲みに行ったそうだし、彼の過去作をもらったと見せられたこともある。今では相談したりされたり出来る仲のようだ。

その星野との仕事も佳境にさしかかっているらしい。近頃は仕事で帰宅時間も遅いと聞く。
平日の夜、自宅でストレッチをしていた牧の携帯が鳴りだした。麻矢だ。

「起きてる?」
「そろそろ寝ようかと思ってたがな。まさか、まだ外か?」
「まさか。でも今週は忙しくって」

いつもの優しい麻矢の声だが、少し掠れ気味なのが気に掛かる。

「風呂は入ったか?」
「うん、出たところ」
「夕飯は?」
「えーと、その、チームの人たちと帰りがけに……ラーメンを……」

後ろめたそうに答えるのは、先日ダイエット宣言をした矢先のことだからだろう。そんなことをする必要はないと思っているが、何にせよ、いくらでも誤魔化せるのに、正直に明かしてしまうところがかわいい。

「もっとちゃんとしたものを食え。栄養にならん」
「もう、牧くん、お父さんみたいだよ」
「よく言われるが、それは勘弁してくれ」

だが、そのくらい心配しているし、大事に思っている。今も合間に聞こえる彼女の咳が気遣わしい。

「風邪気味なのか?」
「大丈夫。喉をちょっと痛めたみたい」
「じゃ、早く寝ろ」
「はーい、お父さん。おやすみなさい」

そう残して切れた。心地よい笑い声が耳に残る。アラームをセットし、牧は枕元に携帯を置いて横になった。麻矢がすぐそばにいるような気がして、温かい穏やかさが心に滲みてきた。


あっという間に金曜になった。
午後の予定は、社内ミーティング2件とその後に顧客との打ち合わせが1件。あいまにメールや書類、提案書を確認し、移動中に麻矢にメッセージを入れた。
きっと先方の担当者に飲みに誘われるだろう。
だが、無駄にだらだら飲んだり、もう一軒などと長引かない相手だとわかっていたので、そのまま麻矢のところに行こうかと思った。

訪問先は汐留だった。 再開発された地区には幾重にも高層ビルが立ち並び、夏の終わりの夕闇に飲み込まれていくようだ。その中でもひときわ存在感のあるビルに牧はゆっくりと目を向けた。
ある広告代理店グループのビル、ということは星野のオフィスもここだろう。なぜそれを気に留めたのかわからない。ただ、生温い湿った風が吹き過ぎるを感じていた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ