牧 中編

□シネマティック Rival 04
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仕事が終わっても、麻矢からの返信はなかった。いつもなら、簡単なひと言だろうが何かしらくれる頃になっても音沙汰ない。飲み屋を出たところでチラリと確認するも、やはり連絡はない。携帯を忘れたのだろうか。
先方と別れ、大人しく帰ろうか迷ったが、牧の足は彼女の家へ向かう。無性に気が急いてならなかった。

麻矢のマンションは、駅からほど近い住宅街の一画にある。約束をせずに突然訪れたことはない。それに対する少しばかりの躊躇はあったが、足早に歩いていくと、一台のタクシーが行き過ぎ、マンションの前に静かに停まった。

後部ドアが開き、歩道に出てきたのは細身の男。続いて降りてきたのは麻矢だった。牧の歩みが一瞬止まる。
彼女は大丈夫という素振りを見せ、星野からバッグを受け取ろうしたが、その足取りは覚束ない。星野が支えようとしたその時、わずかに早く牧が麻矢の腕を取った。

「どうしたんだ?」
「ま、きくん……」

ふらつく麻矢の肩を抱く。

「熱があります」と、理解が追い付かない彼女に代わって星野が言った。
「うちのオフィスでしばらく休んでたんですけど、時間も時間なので送ってきました」
「仕事中に具合悪くなっちゃったの。ごめんね……迷惑かけちゃって」
「そんなこと気にするな」

牧も星野に礼を述べた。
視線と視線が激しく交錯した。彼は頬硬く微笑んだ。

「麻矢ちゃん、ちゃんと休めよ。それじゃ、オレはこれで」

軽く会釈をして、彼は戻っていく。その背中を見送りながら、牧は複雑だった。
麻矢ちゃん? いつから名前で呼ぶようになったのだろう。彼には感謝すべきだとわかっている。だが、もし自分が来なかったら、彼女を部屋まで連れて行き、そのまま放っておけずに看病なんぞ── そう考えずにはいられない。
牧はふうと安堵の息を吐いた。それよりも、まず麻矢だ。

「大丈夫か?」
「ちょっとつらい」
「無理するからだ。とにかく早く横になったほうがいい」

部屋にあがり、簡単に着替えさせ、ベッドに寝かせた。ホッとして牧もネクタイを緩める。

「体温計はどこだ?」

あそこと指さされたボックスをあけると、そこには薬もあった。測らせている間に急いでコンビニに行き、スポーツドリンクと少し食べられそうなものを買ってきた。自分自身がほとんど病気をしないので、何がいいのかよくわからない。

「……ゆで卵は…今はちょっと」
「聞いてから行けば良かったな」
「ううん、ありがと。プリンもらう」

熱は38度以上あった。確かに額に触れるとかなり熱かった。顔色も悪い。だが、自分の家に帰って少し安心したのだろう。力ないながらも、薄く笑みを見せた。

「いきなり牧くんが現れてびっくりした」
「連絡したんだが」
「ごめん、気が付かなかった。夕方に急な変更が出てバタバタで、見てないや……でも来てくれて嬉しい」

牧はそっと麻矢の頭を撫でた。

「このまま一緒にいるから。ゆっくり寝て、早く治せ」
「ありがとう。あー、星野くんにもちゃんとお礼言わないとな……」

そうだな、と牧は小さく頷いた。
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