牧 中編

□シネマティック Rival 06
1ページ/2ページ


「デザイナーでクリエイティブなモテ男か、そりゃ危険だな」

ジョッキを飲み干すと、藤真は本日のおすすめと手書きメニューに記された日本酒を注文した。
街の喧騒から離れ、看板がなく入口もわかりにくい店だが、カウンターもすべて埋まり賑わっている。その奥まったテーブル席を3人の大柄な男たちが占めていた。

「牧さんとはまったく違うタイプですね」
「そいつ、完全に彼女に好意以上のものがあるだろ」
「じゃなかったら誘いませんよ、女性の連れが欲しいなんて見え透いた理由で」

牧は苦笑した。思い起こせば、かつて自分も同じような理由で麻矢をスパエステに誘ったことがある。確かにそこには特別な感情があったのだから、神の言うことはもっともだ。「まあ、そうかもしれないな」と無難に答えた。

「おまえさ、心配じゃねーの?」
藤真が上目遣いに見上げてきた。
本心とは裏腹な言葉が口をつく。
「いや、別に」
「仕事柄、女性の好みや心理に精通してて、女の扱いに慣れてそうだよな」
「そうか?」
「さりげなく距離を縮めてきそうですね」
「そうそう、手練手管の限りを尽くすっつうより、そういうのが自然に身についてるって感じ。そっちのがやばくねえ?」
「………」

口径の広い陶器の片口と、揃いの酒器がテーブルに運ばれた。ふっくらと奥深く上品な香りが広がる。この『黒帯』という酒は、有段者のための酒という意を込めて名付けられたそうだ。
藤真の酌を受け、それをひと口。そしてふた口目には一気に飲み干した。コクとキレの絶妙なバランスに、まろやかさを加えた味わいは軽やかで旨い。再度、藤真がゆっくりと注ぐ。
「かなり気が気じゃねえって感じだな」とニヤリと笑った。

「なんだかんだ、ちゃんと嫉妬してんだ」

何と答えればいいのかわからない。だが、ここ最近のモヤモヤと説明のつかない心のありようは、そうなのかもしれない。
麻矢と彼のことが気になる。たとえそれが仕事であっても。ましてやふたりきり、さらには彼が麻矢に触れるようなことがあったらと思うと、はらわたが煮えくり返るようだ。そんな想像をする時点で嫉妬しているのだろう。苦々しい思いがこみあげてくるものの、ふと聞いてみたくなった。

「そういう藤真は嫉妬すること、あるのか?」
女性人気はプロバスケ界随一。そんな藤真に嫉妬心を抱かせる相手とは。

「オレ? オレはおまえにずっと嫉妬してるぜ。その恵まれた体格なんて特に。なあ、神? 羨ましいよな」
「まあ、そうですけど、オレに振らないでくださいよ」

肩をすくめて神は穏やかに笑い、「それで」と続けた。
「麻矢さんは? 変わりないですか?」
逸れた会話の軌道をきちんと戻してくるあたりが神らしい。

「特にないと思うが」
「ま、そうですよね。牧さんのこと、好きで好きで仕方がないって感じでしたよね。牧さんも例のアレを知られないように必死で、お似合いのふたりでしたよ」
「アレって?」と藤真が素朴な疑問を口にした。
「『じい』ですよ、じい」
「アレか」

藤真は納得したように頷いた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ