牧 中編

□シネマティック Rival 07
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新製品のグラフィックは完成したらしい。最終段階までに修正と確認を繰り返したということだから、製作側とかなりのやりとりがあったはずだ。にもかかわらず、あの日以来、麻矢の口から星野の名がいっさい出ないことが牧は気になっていた。避けようとしているようにすら感じる。
今までならば具体的に語ってくれた仕事の話も「愚痴になっちゃうから」と濁される。

「愚痴でもいいじゃないか。何かあったのか?」
「そうじゃないけど……せっかくいいものが出来たのに今さら、ね」
「そうか」

代わりに話題にするのは、お昼に何を食べたか、教えてもらったという美味しいお店、唯一見ているというドラマ、友人の恋愛、家族の話から地元の話── はぐらかされ、すりかえられているような気がする。
微妙な距離を感じる一方で、ふたりきりの時には「ギュってして」と腕の中に潜り込んできたり、何の前触れもなく「牧くん好き」と囁いてきたり、今までにない積極性を見せることもあった。よくわからない。
しかし、わからないながらも互いの焦点があっていないような曖昧さに、牧はどうにも釈然としないものを感じていた。

「麻矢」
「ん、なに?」
「今度、温泉にでも行かないか?」
「どうしたの、急に」
「仕事、落ち着いたんだろう? 伊豆にいいところがあるんだ」
「ホント? 行きたい、行ってのんびりしたい」

ふたりでゆっくり過ごそうと提案すれば、無邪気なほどに、麻矢はぱっと明るく顔を輝かせる。牧はその頬に手を添えると、上向かせてキスをした。唇と唇がしっとりと沈み合い、そのやわらかな弾力の心地よさだけが全身を包んだ。


週の半ば。
汐留の取引先を出ると、辺りはすっかり夜の景色に塗り替えられていた。シャンデリアのように輝きを放つ高層ビルが、夜空へと伸びあがるさまは圧巻だ。
家路につく人々の流れが駅に向かう。牧も新橋方面に歩きながら、頭の中でこの先の仕事の段取りを考え直していた。出来れば再来週あたりに麻矢と合わせて休みを取りたい。
その時、ふいに視界にはいった人物に、規則正しいリズムをきざんでいた牧の歩みが緩んだ。こちらに向かって歩いてくるその男に見覚えがある── どころじゃない。星野だった。彼もまた、牧に気付き立ち止まった。軽く頭をさげると、慌ててそれに応じる。

「どうも……偶然ですね。こちらには仕事で?」
「打ち合わせの帰りです」
「オレはオフィスがそこなんですよ」
知っていたが、「そうなんですか」とだけ牧は答えた。

なぜこんなに身構えてしまうのだろう。便宜的に交わす笑みは、その表向きのソフトさとは裏腹に、芯の部分に互いを探り合うような強い警戒心をはらんでいた。
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