牧 中編

□シネマティック Rival 08
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気の急くままに、足取りを緩めることなく、麻矢の住むマンションのエントランスをくぐった。こじんまりしたロビーを抜け、待機していたエレベーターに乗り込む。

「どうしたの?」
麻矢が不安そうに言った。
それには答えず無言でオレンジに光る階数表示を見つめていたが、扉が開くやいなや、半ば強引に腕を引いて彼女の部屋に向かう。後ろ手に鍵を閉めると、牧はやおら、その場で麻矢を抱きしめた。

「何かあったの……?」
されるままになっていた麻矢がためらいがちに問う。警戒からか声が硬い。
「何かあったのは麻矢のほうだろう」
「私? べつに何も」
「汐留の取引先に行った帰りに、星野さんに偶然会った」

驚き見上げてきた瞳と視線がぶつかった。その目元には困惑の影が見て取れる。

「彼から告白されたそうだな」

頷くようにうつむく麻矢。「でも私……」との釈明の言葉を遮り、牧は抱きしめる腕に力を込めた。

「大丈夫だ、わかってる。わかっているんだが……何だろうな、少し慌てた」
「慌てる必要なんてないのに」
「そうか? ここのところ様子がおかしかっただろう」
「そうだったかな……ごめん」
「謝ることはないが」
牧は麻矢の頭をそっと撫でた。

慌てたのは、恥ずかしいくらいの麻矢への独占欲からだ。麻矢に近づくな、触れてもいいのはオレだけだという欲望。慕情。あげくに居てもたってもいられず押しかけてきたのだから、手に負えない。
牧は心を落ち着けるために深く息を吐いた。麻矢の柔らかな髪の感触を楽しむように手を滑らせ、その頬をとらえると、ゆっくりと口づけた。軽く触れるだけのつもりだった。だが、どうしたことか、コントロールがきかない。何度も何度も夢中になって唇を重ねた。

「……くっ、苦し……い」

胸を押し返され、ハッとした。まだここは玄関だ。膝を抱えてそのまま麻矢を抱き上げると、室内にあがる。
「待って、靴!」
立ち止まり、麻矢の足を玄関に向けた。

「ほら」
振り落とさせれば、コロンとパンプスが床に転がった。少しバランスを崩した麻矢がしがみついてくる。
顔を見合わせ笑った。笑ってしまえば、気まずさは消え、あとは互いの気持ちを確認するだけだった。部屋に入ると、彼女をソファに降ろし、床に膝をついた。

「どうして話してくれなかったんだ」
「だって……自分からは言いづらいよ。変に気にされたくないし」

気にするどころか、ずっと嫉妬していた── なんて言えない。牧は苦笑した。

「でもごめんなさい、逆に心配させちゃったね」
「ああ、心配した。何かあったのかと思ってな。だからこれからはちゃんと話してくれ、いいな」
「うん……」
「控えめな返事だな」

そこで牧は少し間をあけ、やや低い声で付け加えた。

「彼には『帝王』と呼ばれていたことまで話しておいてそれか?」
「な、なんでそれを! あれは話の流れで」
「オレのことをそう言うなんて、麻矢はどうやら支配されたいらしい」

それまで麻矢の前にかしづくように跪いていたが、ゆらりと立ち上がると、上着を脱いだ。

「違うの、そういうことじゃ……」
「じゃあどういうことだ。これで拘束するか?」
ネクタイに手をかける。
「麻矢にそういう趣味があるとは知らなかった」
「ない、ないって!」

その時、肘掛けに置いた牧の上着から着信音が── 邪魔立てするかのように響いた。

「牧くん、電話!」
「あとでいい」

ゆっくりと牧はソファーに手をついた。
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