牧 中編

□シネマティック エーデルワイス
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昼間のうんざりするような暑さは、夜になっても一向に引く気配がない。そんな日が続けば、冷えた美味いビールが恋しくなろうというもの。
週末、牧は麻矢とともにビアレストランに向かった。経営者はドイツ人で、本国のブルワリー直輸入のビールを飲ませてくれる。

アルプスの山小屋風の外観のその店は、1階はスタンディングエリアになっており、2階はソファー席もあるゆったりした作りになっている。その窓際の席に案内された。

「オレはシュバルツにするかな」
「おすすめはどれ? いっぱいありすぎてわかんないよ」
「テイスティングセットにしたらどうだ、3種類をグラスで飲み比べできるぞ」

運ばれてきたビールは、グラスも色も泡もそれぞれ違って煌めいていた。自分のもとには黒々と光る大ジョッキ。乾杯し、口にすれば、そのすっきりとした味わいは喉ごし滑らかでグビグビいってしまいそうだ。鮮度が高く、無添加で混じり気のないビール。それでいてフルーティーな香りが心地よい。

「美味しい! これに本場のソーセージなんて最高」
麻矢も気に入ったようだ。
「ここのは自家製でザワークラウトとの相性も抜群だ」

ナイフを通せば、皮がプツッと破れた。いい音だ。食欲をそそられる。
にんにくとハーブを練り込んだ定番のテューリンガーには粒マスタード。ヴァイスヴルストは白いソーセージで、ハニーマスタードとともに。ふわふわした食感が口の中に広がり、それでいて濃厚な味わいが絶品だ。

「どのビールが一番好みだ?」
「うーん、飲みやすいのは最初ので、真ん中は少し甘いかな。三つ目が一番爽やかで好みかも。名前も“エーデルワイス”だって、かわいい」
「エーデルワイス、そんな歌があったな」

昔、習った歌を思い出す。小学校の教科書にも載っているあの歌。何だか懐かしい気持ちになる── というのに、正面に座る麻矢はプッと吹き出した。

「牧くんもあれ歌ったんだ、そっか、そうだよね」
「歌ったというより、リコーダーでやらなかったか?」
「リコーダー……牧くんがリコーダーって、ちょっと待って、想像するとおかしくて」

堪えられないといった様子で表情を崩して笑う麻矢に、牧もつられそうになるが、踏みとどまる。

「なぜ笑う、誰もが通る道だろう」
「ごめん、ごめん、おかしいっていうか、私にとってはかわいくて。リコーダーを吹く牧少年が」
相変わらず笑いながら、彼女は件のビールを美味しそうに飲んだ。よくわからないが、まあいい。


メニューには各ビールについて簡単な説明が添えられていた。製造地域、特徴、風味、名前の由来。それを見ながら、麻矢は楽しそうに話しだす。

「ま、そもそもエーデルワイスって花の名前だよね。アルプスの高山に咲くお花。白くはかなげで、まさに高嶺の花って感じ。眺めるだけで、手が届かない存在みたいな」
「そうか? そんな標高の高い岩場に咲くなんて、むしろ根性あってたくましいだろ。オレはそっちの方がタイプだ」

ひと口ゴクリと飲み下すと、牧は言った。

「そうなの? 知らなかった、それは意外」

麻矢は不可解そうに首を傾げた。ピンとこないらしい。そのかわいらしさに牧の頬は自然と緩んでしまう。

「ああ、昔からそういう傾向はあった。それこそ学生の頃、文化祭である企画の許可を求めて実行委員長とやりあった女子がいてな。一度は却下されたんだが、徹夜して企画を練り直したり、他の委員たちを説得して味方につけて、また申請して許可を得た」
「それって……」
「根性あるなと思ったよ。それからだな、彼女のことが気になったのは」

10年前の高校時代の記憶。麻矢は驚いた顔をした。が、たちまちこちらの目の奥まで覗き込むような視線で見つめてきた。

「その子ね、学校長に直談判までしたんだよ」
「本当か、それは知らなかった」
「たくましいでしょ?」
「ああ、たくましいな」

牧は残りのビールを飲み干し、軽く手を上げると、もう一杯黒ビールを注文した。



飲みながらのやり取りは、少なからず麻矢に何らかの刺激を与えたようで、今夜の彼女は驚くほど積極的だった。
自分の上でゆっくりと動き続けるその身体を、牧は見上げた。柔らかなくびれと揺れる曲線は、実に煽情的だ。目の前の滑らかな肌とその白さに、ふと、あのメニューに書かれた言葉を思い出した。“エーデルワイス”とはドイツ語で“高貴な白”という意味だとあった。気品あふれる白い花──

牧はたまらなくなり、麻矢の腕と掴むと、今度はその身体を組み敷いた。いったんは引いていた腰をじりじりと進ませ、全長を収めれば、ピタリと隙間なく包み込まれる。そのまま激しく動けば、さらに絡みつく熱量。

「あ、そんな……ダメっ」

ダメだと言いながらも、快感に乱れ、健気なほどに応えようとしてくれる麻矢が愛しい。
その瞬間へと一歩一歩確実に歩を進める。それは険しい山を登ることに似ているかもしれない。そこに咲く美しい花を見るために。
そんな満たされた瞬間を求めて、今、自分のもとで花開こうとする麻矢に強く口づけ、牧は腰の速度をなおいっそう引き上げた。
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