進撃【novel】
□Caramel Tears
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俺の姉、ミカサが結婚して早くも2年経つ。婚約の知らせを聞いたときはあんなに仕事一筋の女がよくも結婚できたものだと驚いた。
自分は忙しく息つく暇もないくせに、弟の俺ばかり面倒を見ていた姉に男と出会う暇なんてどこにあったんだよ、と言いたくなったほどだ。
まあ出会いはどうであれ大切な姉の晴れ舞台だ。栄華なことに違いない。自分の家庭を持つほど幸せに越したことはないのだ。
結婚式は挙げないつもりらしい。どちらも仕事で忙しく、そしてあまり形式的な行事を好まない姉のことだ。悪く言えばロマンティシズムに欠けてると言えるが、よく言えば形に縛られない、愛さえ確認できたらその垣根には何もいらないとさえ考えるような性格である。
そして夏の暑い午後、姉から正式に結婚相手を紹介されることになった。別に緊張していた訳ではないが、仮の兄になるべき存在だ。多少の値踏みはさせてもらおうと心の中で考えていた。
ギシリ、ギシリ小さくしかし確実に近付いてくる廊下の音。姉が選んだ男とはどんなものなのか、もしや騙されているのではないかと色々と訝しんでいる内に、キィ、とドアが開く音がした。
麦茶の氷がぱりっ、と音を立てて傾く。そのまま茶色の海に沈んでいった。
「紹介するわね、エレン。
この人がジャン・キルシュタイン。同じ職場で____…」
はにかみながら話す姉は心底幸せそうだった。
栗色の髪に、左右を刈り上げている彼、ジャンはどうやら会社の同じ職場で出会ったらしい。まあそうだろうな、こんな堅物な姉が合コンやコンパに参加するなんて考えられない。飛び抜けて堅実そうでもなく、垢抜けた感じでもない、もっとスタイリッシュな高学歴エリートを想像していたエレンの夫像には多少のズレがあった。
「エレン、挨拶は?」
その言葉でふっと我に返った。
まるで同じ幼い子供に言うような言い草だった。
「え、あ…こんにちは」
右手を差し出す。
こちらこそ、と義兄さんも手を差し出した。
うっすらと香るバニラビーンズ。
鼻腔をすり抜けて、胸まで沁みていく。
その笑顔は俺を溶かすのに時間はかからなかった。
「これからよろしくな、エレン。お前は俺の弟だ」
まるで、キャラメルのような笑顔だった。