Book5 s2

□光の雫 許された未来
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YoonA side



「ユナ、逃げなさい。
あなたもこんな家から逃げて」



いつも優しく微笑んでいた大好きな姉がなぜだか切羽詰まった顔をしていて、涙を溜めて私を見つめながらそんなことを言う。
まだ幼かった私はなぜ姉がそんなことを言うのかわからなかったけれど、
言葉の意味を問うことも否定することもどちらも目の前の姉を傷つけてしまう気がしてゆっくり小さく頷いた。

消極的にしろ肯定の返事をした私を見て、姉は安堵するように少しだけ目元を緩めた。
それから頬に添えられていた彼女の白くて細い手がゆっくり離れていく。



「ユナ、私はずっとあなたの味方だから。
それだけは覚えていて。忘れないでね、私は――」


「ユンソッ、もう出ないとマズい!」



いきなりドアを開けて男の人が部屋に入ってきた。
確か彼は姉の大学の友人だったはず。
少し前に姉から彼を紹介され、遊園地に3人で出かけたことがあった。
その彼が焦った様子で姉を呼んでいる。
姉は彼を一度振り返った後、突然私を抱き締めた。


「ユナ…ユナっ…!
ごめんね……ごめんね…っ。
幸せになって…っ」


何が起こっているのか理解できず私が姉の力強い抱擁に呆気に取られている間に、
姉は私から離れて大きなカバンを手にドアに向かって駆け出していた。
部屋を出る間際、姉は惜しむような眼差しで一度私を振り返り、だけどすぐに視線を外して部屋を出て行った。


なに…?なんだったんだろう…?


わけがわからないけれど、何かとてつもないことが起こっているような気がしてならない。
得体のしれない嫌な予感に襲われて腕に鳥肌が立った。


姉はどこに行ったのだろう。どうしてあんなに尋常ではない様子だったのだろうか。
あの男の人の様子も変だった。

ごめんって何だろう。
逃げなさいってどういうこと?

まさか姉はこの家から逃げて帰ってこない気だろうか。


まさか……



「オンニぃ〜!オンニどこいったの?オンニぃ〜!」



すぐに部屋から出てバタバタと階下のリビングに向かう。
リビングにいたお手伝いさんにユンソオンニがどこに行ったのか尋ねたけれど、
姉は大学に行った後まだ帰ってきていないと言われた。

「さっきまでいた!」そう言うと、「あら?講義がお休みだったのかしら…?」とお手伝いさんはのんびりと思案している。
お手伝いさんから有用な情報は得られないと思い、私は一人であらゆる部屋にオンニを探しに行った。
だけど、どんなに探しても彼女はいなかった。

いきなり泣きそうな顔で姉を探し回り始めた私を見て、お手伝いさんは「お嬢様は大学の講義が終われば帰ってきますよ」となだめてくる。
だけど、私にはとてもそうは思えなかった。
現に姉の携帯はずっと繋がらない状態で連絡が取れない。
こんなこと初めてだった。

外に探しに行こうにもどこを探せばいいのかわからないし、移動はいつも車で送ってもらっているから近くの道すらよくわからない。
幼い私には姉を探す手がかりは何もなく、探すための手段もよくわからなかった。

でも、父が帰ってくればどうにかなるかもしれない。
仕事で忙し過ぎるゆえなのかろくに家族と日常会話もしようとしない父だが、姉を探してくれるかもしれない。
一縷の望みをかけ、その日私は何度も時計を確認しながら夜遅くまで父が帰ってくるのを待った。
しかし、深夜になっても姉はおろか父でさえ帰ってくることはなかった。






翌日、学校から帰ってくると父の怒鳴り声が聞こえてきた。


父「どういうことだ!昨日からいないだと!?
今日は先方と顔合わせの会食だと言ってあっただろう!」


「申し訳ございません。昨日の朝に大学までお送りしてからお嬢様とは連絡が取れない状況でして…。
てっきり夜には戻られると思っておりましたので私ども昨夜から手を尽くしてお嬢様をお探ししておりましたが、ご友人方もお嬢様の行方をご存知ないとのことで…」


父「ユンソがいないか大学に問い合わせろ!行きそうなところを全部探せ!

なんてことだっ…!両家が縁組になるからと決まった大型の融資だぞ!すでにいくつものプロジェクトが動き始めているというのに…!
なんということだっ!!!

ユンソを探せっ!見つけたら首に縄をかけてでも連れて来いっ!!」


父は鬼のような形相であたりに怒鳴り散らし、父の会社の人たちが血相を変えて姉を探しに出て行った。
いなくなった姉のことを相談しようとしていた私は、初めて見る父の怖ろしい姿に足が震え、とても話しかけることはできなかった。
まるでモンスターのような父の憤慨した顔つきを見ると、このまま捕まってしまえば姉は酷い目に遭うのではないかということは容易に想像ができた。

私は父から離れ、走って自分の部屋に戻り、ドアを閉めて茫然と立ち尽くす。
上手く力の入らない足を動かしてぽふっとベッドに倒れ込み、パンクしそうになる頭をどうにか落ち着けた。
昨日から自分の周りが目まぐるしく劇的に変化していて頭も心も追いつかない。
家全体を包むような不穏な空気が恐ろしく、言いようのない不安に襲われる。
こんなとき私が一番に頼って甘えていたはずの姉が引き起こした事態に動揺するばかりで、体が震えて止まらなかった。
震える体を両手で抱き締めて泣きながら、早くこの嵐が過ぎ去って姉のいる平穏な日々に戻ることを願った。

だけど、結局それから一週間経っても一ヶ月経っても姉の行方は知れず、
姉の婚約話は白紙になり、父の会社は苦境に立たされた…らしい。

私が当時の出来事を理解できるようになった頃、父は恐ろしく冷たい目をして今度は私に婚約話を告げた。





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