長編パラレル 1作品

□VOICES-
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"ACE"


去年の学園祭のステージは、曲目もステージ構成も全て準備が整い、部員達は本領を発揮して観客を大いに楽しませた。しかし、誰も「本当に満足した」とは口にしなかった。
この部活の、部員達全ての中心軸であった男が学園祭に居なかったと後で気づいたからだ。
それどころか、存在が無くなっていた。

詳細はまるで伝わってこなかった。それは当人の意思、なのだろうが部員達にとっては何が何やら分からず、ただ動揺と混乱しか生み出せなかった。


エースが大学を辞めた。
祭りが好きで、ケンカは仲裁するもキレるとその場以上の派手な騒ぎを起こす、手に負えない乱暴さ。それでもケロリと機嫌を直して先ほどまで殴っていた相手に笑いながら話しかける。そして仲良くなる。
気がつけば、エースの周りには沢山の仲間がいて、エースは仲間をいつも大切にしていた。

エースが音楽部に足を向けたのは、2年生の頃だった。


「なぁ、俺が作ったコレ、貰ってくれないか?」

たまたま部室に居たのは、アップライトピアノの調律をしていた1年生のゾロと、バイオリンを試奏していたサンジだった。
あ、こいつは。二人はエースを見てすぐに気づいた。いつも誰かに囲まれて騒いでいる「めんどくさいやつ」だと。

よく知られている“こいつ” の特徴はオレンジ色の帽子だ。いつも被っている。
つばの長い帽子の円周には赤いガラス玉が連なり、センターにはどこか道化的な「喜」「哀」の表情が描かれた円形の金属装飾があって、本人の陽気な雰囲気をそのまま反映させていた。

エースは、なぁどうかな?、と人懐こい表情を浮かべて言った。
素人はたいてい、少しだけのフレーズに酔って、勢いだけで繋ぎ、最後は尻切れのグダグダ曲になる。
音楽部に入部したいというやつも、そういうパターンで自意識過剰なのもいる。しかし現実を知って辞める。もしくははいあがってくるか。

ゾロとサンジは、周囲からすると天才肌だった。鼻にかけるものは無いが、自分に一切の妥協をしないで練習を積み上げる。
それを見せることも気づかせることもしない。だから天才と称されるのだが。

とりとめのないことで、二人はよくケンカする。気にすることではないと分かっているのだが、互いに勝負したがる性格のため突っかかるのだ。
しかし、今は二人とも同じ考えを持っていた。"またか"

「めんどくさいやつだけど、頼むわ。」

心でうんざりしているのを、エースに見透かされた。二人はぎくりとする。エースはただ笑いながら頭を下げた。
参ったな、しかし。
ゾロとサンジは目を合わせて、了解しあった。サンジが手を伸ばす。

「じゃあ、その譜面」
「おーっ!マジか!サンキュー!」

エースはハイ、と嬉々とした表情で譜面を手渡した。ちょっと眺める程度で軽く演奏しよう、と考えていたところが、

「な、なんじゃこりゃーー!!」

サンジは譜面から目を外すことが出来なくなった。
手の指先に力が入っているのがゾロの目から見ても分かるほどだ。

「何だよ一体。」
近づくゾロに、サンジは言葉を繋げる。
「お、お前、分かるか?なあ、分かるだろう!? なあ!」

譜面を凝視しながらゾロへ叫ぶサンジに、どれどれとゾロも譜面を見遣る。思わず声が詰まった。
なんだ、これは。総譜だ。
この混成。各楽器へのアプローチ、限度のない音律に、退屈さが全く無い面白さ。しかも楽器は和洋折衷。
こんな作曲が出来るのは、そういやしない。音楽慣れしたやつが遊びで作るものよりもはるかに優れている。

「あ、あんた。これ。自分で作ったのか?」

ようやく譜面から視線を外し、サンジはエースを見て言った。

「ああ、そうさ。そうだなぁ、一日がかりだったから、結構大変だった。」
「誰か参考にしたとかないのか?」
ゾロは口を挟んだ。

「一日で作れるようなもんじゃねえぞ。本当に自作なのか?」
「だからそうだって。作ってる時は楽しくて楽しくて仕方なかったわー。あ、でも一日っていうのは鉛筆に起こすときの時間ね。頭の中で最後まで作るからさ。それは日数かかる。今回のは、イメージが纏まってたから、あとは並べる感じで。」

「感じって…そんな簡単に言えるような曲の仕上がりじゃねぇぞ。あんた、かなり音楽かじってただろ?何才から始めた?ピアノか?」
「いや、何才からも何も…そんな経験は無い。学校で習った音楽の勉強だけだよ。」

「はあっ!?嘘つけ!! 」
「嘘じゃねえよ、だって音楽室にクラシックとか色んな楽譜が当たり前に置いてあるだろ?楽器だってある。先生が弾いてるの見てりゃ、覚えてくるだろ。んな当たり前の話」
「当たり前じゃねぇよ!」

どんだけの天才だよ!
ゾロとサンジはエースの言い分に完全な否定をした。しかし、しかし。
エースが作ったこの譜面は、間違いなくエース本人が作ったというのだから。誰の真似をしてやしない、それはあらゆる音楽に精通した二人とも分かっていた。
試しに誰かの参考かと口にしてみたが、とんでもないものを見る結果となった。

「あんた、どこかで日程あわせられるかい?」
「日程?今頃の時間帯なら、いつでも」
「分かった。この総譜の楽器通り、首揃えて演ってやるよ。」

サンジとゾロの言葉に、エースは大喜びした。マジかよ!と声も大きく。その様子に、二人はとんでもないことになる予兆、いや実感を味わっていた。
それがエースを音楽部へ誘うきっかけの話となった。



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