友人帳と恋人帳

□第3話
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窓には、黒いツノを持った妖がへばりついていた。

「夏目様!!!友人帳から名を返していただきたいのです!!!」

…え?
名前を、返す…?

貴志を横目でチラッと見ると、しまった!というような表情をしている。

「悪いんだけど、今はちょっと取り込んでて…」

「いや、大丈夫だよ貴志。私家から出るから。よくわかんないけど私がいるとダメなんでしょ?」

貴志は目を見開く。
予想外の返事だったのだろう。

私は改造した制服の腰のポケットから紙人形を取り出し、貴志の背中にバレないよう、立ち上がりながらそっとくっつけた。

「じゃあ、私はちょっとお出かけしてくる」

「あ、あぁごめんな…」

「そこは、ありがとうでしょ!」

「あ、あぁ。ありがとう、瑠夏」

「どういたしまして」

部屋の襖をゆっくりと開け、軽く窓にいる妖怪に会釈をして廊下へ出た。そしてまた、ゆっくりと襖を閉じて、玄関へと向かう。

名前を返すって、一体…。
名前は返せるもの、なの?

貴志の背中に貼り付けた紙人形には、おばあちゃんが妖研究しているうちに編み出した、盗聴の呪いがかかっている。
人間の盗聴器と違ってイヤホンを使ったりする必要はなく、その音が直接私の脳内に流れ込んでくるから、何かと便利なものなのだ。

玄関の戸を開けて外へ出ると、『我を守りし者よ、その名を示せ』という呪文のような貴志の声と、友人帳だと思われる、紙をめくっている音…パラパラしている音が脳内に聞こえた。

そして、しばらくしてから貴志のフッ…という色気ある吐息が聞こえてきた。

「…っ!」

なっっ、なに今の声!?!?!!
エロい、エロすぎる……!!!!

道を歩きながら顔を真っ赤にしている私は、きっと道行く人には変な人に見えるだろう。

その後、名前を返してくれてありがとうという妖の言葉と、疲れた…と呟く貴志の声が聞き取れた。

ふーん。
名前って本当に返せるんだ。
貴志が疲れたって言ってるから、妖力の消費も激しそうだけど。

そんなことを考えながら森へ進んでいく途中、「なつめーー!酒をくれー!」というニャンコ先生の声が聞こえた。

まずっ…!ニャンコ先生がきた。
紙人形の存在がバレてしまう。

私は紙人形を破壊する呪文をすぐさま唱えた。
これで紙人形は紙人形の形をせず、ただ粉々の紙が貴志の部屋に落ちていることだろう。
もちろん、呪いの力は消えているため、妖力といった力も何もないただの紙になっている。

ニャンコ先生は、鋭いから。
きっと大妖だ。

「……おや、この気配は懐かしい」

「……誰」

チリンという鈴の音とともに低い男の声。
どう考えても妖怪。

振り返ると、右手が馬、左手が人間の、人の体と馬の顔をしているなんとも奇妙な組み合わせの巨体の妖がその場にいた。

でっっか……!?
え、逃げる!?逃げれるか?これ…

反射的に私は制服のポケットから札を取り出し、時間稼ぎのためにその妖に投げようとするが、

「待て。私は食いにきたわけでもない。ただ、懐かしい気配がすると感じてきただけだ、リエコ」

リエ、コ……?
おばあちゃんの、名前。

「リエコ、お前から妖の気配もするが、本当にお前は、リエコか?」

巨体の妖は私を品定めのようにじっと見つめる。

「…私はリエコさんじゃない。リエコさんの孫の、瑠夏」

「ほーう……。孫…お前も孫なのだな」

「お前"も"…?もしかして、夏目貴志のこと?あなた、貴志の知り合い?」

「夏目殿のことを知っているのか。ククッ…血は争えんな。レイコとリエコはなんだかんだ因縁があったものだ」

「……そうですね」

「それはさておき、何故孫の瑠夏は妖の匂いがする?まさかとは思うが、実験の結果で妖の血が流れているのではあるまいな?」

「…っ!!!どうして、それを。まさか、あなたおばあちゃんの実験に……」

「…そうだ、少しだけだが協力したことがある。そうか、お前が生まれているということは、人間と妖の子供を作る実験も成功したのだな…」

その妖はふっと空を見ながら笑った。

「…あなた、名前は?」

「我は三篠。リエコの実験に協力したことがあって、我の遺伝子や血、細胞はリエコにとられている。その後どうなったかは知らないが」

「そう、なんだ………」

三篠は懐かしむように、目をゆっくりと閉じた。
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