刀剣乱舞

□落し物は愛し子。
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 それは、単なる気紛れに過ぎなかった。
 小烏丸が偶然通った道に、偶然それが落ちていたのだ。いや、本来ならば倒れていた、という表現の方があっているのだろうが、小烏丸にとってはその程度の認識だった。よく見ると、それは血泥で汚れていて、着物もあちこち擦り切れていた。お世辞にも綺麗とは言いがたいが、それでも何故か小烏丸は目の前のそれが気になった。

「……ふむ」

 小烏丸は何を思ったのかスルリとそれに手を伸ばし、自分より小さいそれを軽々と持ち上げ、まだ息はあることを確認した。そうしてもう一度それを地に下ろそうとすると、驚いたことに……それが動いたのだ。
 それは無意識なのだろうが、小烏丸の着物を掴み、顔を歪めている。目元には薄らと涙が浮かんでいるようにも見え、まるで……傍にいて。離さないで。と訴えているようだった。

「ほぅ……人の子よ。お主は無意識のうちでも我といたいと申すか」


ーー面白い。


 そう一言呟くと、小烏丸はそれを……人の子をそのまま抱き抱え、満足そうな笑顔を浮かべた。そうしてそのままふらりふらりと歩き出す。
 本来ならば、小烏丸には帰るべき場所があり、今日も戦いを終えて、共に来た仲間と合流してその場所に帰ることになっていた。しかし何を思ったのか……小烏丸は仲間との集合場所には行かず、人の子を抱き抱えたまま姿を眩ませてしまったのだ。けれどその顔には不思議と含みのある笑みを残したままで、結局、誰一人と、小烏丸の意図を知るものはいない。



***



 天気は快晴。少女は一人、野っ原に転がって日向ぼっこをしていた。色素の薄い髪に日光が反射してキラキラと光っている。髪は長く、解けば後少しすれば地についてしまいそうだが、上手く結われていてその心配もなさそうだった。

「ひな」
「あらとと様お帰りなさい。もうお戻りになっていたのね」
「あぁ。今日は暖かくよき日だからな、ひなと共にいようと思いすぐに終わらせてきた」
「……お怪我はなくて?」
「いつもと変わらぬよ」
「流石はとと様ね!!」

 そこにいたのは、小烏丸だった。ひなと呼ばれた少女は後もう少しで背丈が小烏丸に追いつきそうだが、それでもまだ幼さの残る面持ちである。ひなに至っては小烏丸が早く帰ってきたことが嬉しかったのか、パッと駆け出して抱き着いた。よく見ると、ひなは昔小烏丸が拾った人の子によく似ていた。というよりも、あの人の子が成長してそうなったようだった。
 彼女のひなと言う名前も、きっと小烏丸がつけたのだろう。ひなは小烏丸をとと様と呼び、すくすくと元気に育っていた。人の子である彼女がこんなにもまっすぐ育っているということは、それだけ小烏丸が手を焼いて大切に育てた証である。

「ねぇとと様、私散歩に行ってきていい?」
「散歩か……よし、なら我もゆこうぞ」
「!! だーめ。とと様はお家にいるのっ」
「なんだ、寂しいではないか。せっかくの日和だと言うのに」
「大丈夫、すぐに戻ってくるわっ」
「はは、そうか、分かった分かった。では待っていよう」

 にこにこと愛くるしい笑顔を向けてくるひなに、これは何か驚かせたいことでもあるのだろうと悟っていた小烏丸は、断られるのを分かっていて、わざとそう言ってみた。この何気ないやりとりを、小烏丸はとても気に入っていたのである。
 ひなは小烏丸に手を振ると、近くの森へ駆けていった。そこはひなが幼い頃から遊び場にしていて、既に森のことなら殆どを知り尽くしている程だった。だからひなは知っていたのである。この時期になると、森の奥に木苺がたくさんなる場所があることを。ひなはそれを採って小烏丸に渡すつもりでいたのだ。

「確かもう少し奥の方に……あった!!!!」

 木々のトンネルを抜け、蔦のカーテンを潜り、少し先へと進めば……そこにはひなの思った通り、たくさんの木苺が実っていた。まるでその空間は天然の宝石箱のようで、木々の隙間から入る光に反射して、木苺は赤く艶やかに輝いていた。
 ひなは近くに生えていた大きな葉を一枚摘むと、その上に実った木苺を採って並べていた。採りすぎてはいけないことを知っているひなはある程度の量が集まると、小烏丸の元へ戻る為その場を後にする……はずだった。

「……あら?」

 木苺を採るのに夢中で気付かなかったのだが、太い木の幹に何かが横たわっているのが見えた。持っていた木苺をその場に置き、ひなは恐る恐るそこへ近付く。普通の子なら気味悪がってすぐに立ち去ってしまうのだろうが、あの小烏丸に育てられたというだけあって、ひなは幼いながらも肝が据わっていたのである。

「……っ!? だ、大丈夫!?」

 ひなが近付くと、そこには一人の少年が倒れていた。ひなとよく似た色素の薄い髪をしていて、変わった着物を纏っているが、その着物も至るところが破けていて、怪我もしているようだった。
 ひなは急いで駆け寄り抱き起こす。幸い少年もひなと変わらない背丈だった為、ひなでも持ち上げられたようだ。

「……っ、あ、れ」
「起き、てるの?」
「あな、た、は……」
「私はひなよ、木苺をね、摘みに来たの。そうしたら貴方が倒れていて……怪我もしているし、早く手当てをしないと!」
「だ、だいじょうぶですよ、これくらい。こんなのは……いつもの、ことですから」
「こんなのがいつもだったらもっと大変じゃない!!」
「……」
「貴方、帰る場所はあるの?」
「……!! かえる、ばしょは……あり、ます」
「そう……それなら、怪我の手当てをするから私の家にいらっしゃいよ」
「……え?」
「だってこれでは帰るのも大変でしょう? それに、このまま帰ったらお家の人もびっくりしちゃうわ」
「……」
「大丈夫、家はとと様と二人暮らしなのよ、だからとと様もお話する人が増えて嬉しいと思うの。それに……貴方の刀も刃こぼれしているし」
「……っ」
「もしも敵と出会ったとき、これだと大変でしょう? 私ね、とと様に教わっているから刀も直せるの。とと様の刀だっていつも私が直しているし、だから貴方の刀も直してあげられると思うの。それにこのままだと……とても痛いと思うから」

 少年は何を思ったのか、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。けれどすぐに俯いてしまい、ひなにはその表情がよく見えなかった。

「……あぁでも、やっぱりすぐに帰らないと怒られてしまうかしら。普通はそうよね」
「いいえ、そんなことはありません」
「……? そうなの?」
「はい」

 少年は何を言うにも躊躇っていたようだったが、この問いにだけは間を置かずすぐに答えた。初めて合ったその目は既に何かを諦めてしまっているようで、ひなにはその目が訴える意味がよく分からなかった。

「……じゃあ、やっぱり家で休んでいって? 怒られないのならゆっくりしていっても大丈夫でしょう? 怪我が治るまでいればいいわ」
「……は、い」
「そういえばまだ貴方の名前を聞いていなかったわね。ねぇ、なんて呼べばいい? 私はね、ひなよ。さっきも言ったけど」
「……ぼくは、今剣」
「いまのつるぎ?」
「……」
「じゃあ、いまつる!!」
「?」
「この方が呼びやすいから。いまつるも私のことはひなでいいわよ。とと様もそう呼ぶし」
「ひな、さま……っわ!!!」

 ふわりと、ひなは今剣を持ち上げた。そうしてゆっくり立たせると、自分は背を向けて今剣の前に屈んだ。どうやらおぶさってほしいようだ。

「あの……」
「歩くの、大変でしょう? 大丈夫、私力持ちだからいまつるを背負うくらい出来るわ。本当は抱えてもいいんだけど、両手は空けておきたくて」

 そう言うと、ひなは先程地に置いた木苺に目を向けた。今剣はどうしようかと戸惑っていたが、ひなが屈み続けるので、とうとう折れてその身をひなに預けることにした。ひなは満足そうに微笑む。その目はどこか、あのカラスを思わせた。空いた手で摘んだ木苺を持ち、ひなは森の道を歩く。ゆらゆらと背中で揺られらていた今剣は、いつしか瞼が落ち、今まで感じたことのないくらい、優しい眠りの中に誘われていった。

「る、……つる…………いまつる、着いたわよ」
「……ん、あれ、ぼく……ねむって……?」

 ひなはゆっくり歩いていたようで、家に着く頃には辺りは薄暗くなっていた。眠い眼を擦りながら、今剣は顔を上げた。

「……」
「……」

 瞬間、言葉を失う。

「あ、とと様ただいま!! 遅くなってごめんなさい。でも事情があってね……この子がお怪我をしていたから手当てをしようと思って」
「……あなたは……どう、して……」
「これはこれは、随分と久しいではないか。今剣よ」
「?」

 目の前にいる小烏丸を見た瞬間、今剣は口をぱくぱくさせながら信じられないと言った顔をしている。反対に、小烏丸は面白いものを見つけたかのように、緩く微笑んでいた。ひなはこの状況を呑み込めず、ただただ首を傾げていた。

「お帰りひな、美味しそうなものと一緒に、随分な拾い物をしたようだな」
「えっと、その……木苺はとと様へのプレゼントなのよ。あの、でも……とと様といまつるは……知り合い、なの?」
「知り合いというよりも、もっと近しい。なんせ今剣とは、昔同じ家に暮らしていた仲だ」
「同じ家?」
「小烏丸さま、どうして、あなたがこのようなところに……」
「その怪我の様子だと、“切”は相変わらずのようだな」
「きり……? 誰?」
「あれに鍛刀されたわけではないが……我の主だったお方だ。まぁそれも昔の話よ。しかも……ほんの一時の間だ」
「昔の、主……」
「小烏丸さまがいなくなってから……あるじさまはたくさんたくさんおこるようになりました」
「だろうな、あれは我に随分と執着していた」
「みんなで、小烏丸さまのことをさがしたけど……みつからなくて、もう……おられてしまったものだとばかりおもっておりました」
「あの日は帰る途中に面白いものを拾ったのだ。そのままにするのも少し気が引けた。かといって連れて帰れば切に捕られてしまうだろうと思ってな、結局本丸には戻らず抜け出して来てしまったわ」
「そう……だったのですね。ですが、あの……みんな、しんぱいしていました。だから……」
「……っ」
「悪いが、我はあれを好かないし、あれの元へ帰るつもりもない。主と認めてもおらぬしな。我は……ここにいるよ、ずっと。だから……そんな悲しそうな顔をするなよ、ひな」
「……!?」

 ひなは驚いて小烏丸を見る。すると、するりと彼の腕が伸びてきて、優しくひなを抱き締めた。大人しくその腕の中に収まるひなは、黙ったまま小烏丸の胸に顔をうずめる。
 ひなは……賢い子であった。だから、今の小烏丸と今剣の話を聞いて、なんとなくその内容を理解してしまったのだ。してしまったからこそ、怖くなった。もしかしたら……小烏丸は前の家族である今剣と一緒に、前の主の元へ戻ってしまうのかもしれない。自分とは、ここでお別れなのかもしれない。そう思うと、ひなはとても怖くなったのだ。

「今剣よ。ひなは我が拾って育てた人の子だ」
「……え、ひろって。そだてた?」
「言っただろう、面白いものを拾ったと。それがひなだ。最初はある程度育てたら人の中に返すつもりでいたのだがな、これが情というものなのか……今では手放すのが惜しくてならん。ひなは私の愛しい子なのだ、お前達と同じように……いや、それ以上に」
「ひなも、嫌よ。どこにも行かない。人間は……嫌い。ひなはずっと……とと様といたいの」
「ひなさまは……にんげんがきらいなのですか?」
「嫌い。嫌いよ……だから私は、私も嫌いなの。いまつるは……とと様と同じなのよね。でなければ私……貴方に近付けなかったもの」
「!?」

 ひなは物心ついた頃から人間を嫌っていた。理由は分からないが、小烏丸が出会ったときにボロボロだったことと何か関係しているのかもしれない。人間を酷く嫌うひなは、そのうち自分自身も、自分が嫌う人間であることを理解し、酷く嘆いた。自分も付喪神である小烏丸と同じがいいと、どうにもならないダダをこねて小烏丸を困らせたこともある。

「ひなは目の前のものが人間かどうか分かってしまうのさ。それくらい……強い力を持っている」
「!?」
「向こうからだったら仕方がないけど、でもね……私からは、絶対に近付かないの」
「ひなさま……」
「私は……とと様が、私を好きでいてくれるから……ここにいるのよ。そうでなければ……私は私に、生きる意味を見つけられない。だからね、お願いよいまつる……」


ーーとと様を、連れていかないでね。


 目にいっぱい涙を溜めて、ひなは言葉を紡いだ。お互いを想い合う小烏丸とひなを目の前にした今剣は、それ以上何も言えなくて。それに何故だか無性に悲しくなってしまった。目の前に浮かぶのは、自分達に酷い仕打ちをする切の姿。それは小烏丸の元主でもあるわけだが、今剣と小烏丸とでは切と一緒にいた時間が違いすぎる。何故なら今剣は……主である切が初めて顕現させた、初鍛刀だったから。
 だから自分も、あんなふうに……人に、主に、切に……愛されたかったと……今剣は思ってしまったのである。





20161122

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