家族の如く

□Joker
1ページ/6ページ

普段は読まないような小説を暇潰しに借りたものの、数頁で早くも飽きが来た。
惰性で文字を一通り追ってはみたが、頭にそれが入ってくる訳でもなく。
「冴島の兄貴、カブでもしませんか?」
釣られて本から目を離すと、返事をするまでもなく向かいに馬場は「それで」と本を指差しながら腰下ろした。
「さっきからずっと同じページ読んでますよね」
「何や見とったんか」
それを言われてはばつが悪く、本をテーブルの端に置くとわざとらしく欠伸を噛み殺す。
「二人でやるんか?」
「大塩さんと日村さんはあの通りですから」
会話が聞こえたのか部屋の隅で日村と囲碁を打つ大塩は苦笑いを浮かべて謝るジェスチャーをし、日村に至っては碁盤から顔も視線を外す事もなく手をヒラヒラとさせた。
どうやらかなり白熱しているらしい。
「点数関係無しで五回勝負しませんか?」
「構わんけど懲罰行きになるようなモンは賭けんで。こないなとこで足止めは食らいたないからな」
「構いませんよ。でも今日は俺、負けませんから」
「普段からボロ負けしとんのに良う言うたな」
馬場は賭事に恐ろしく弱い。
その分、運がこっちに回って来ているのかと思うほど勝つ事が出来た為、敢えてそれに触れる事はなかったが。
しかし馬場は挑発にも取れる自分の言葉を気にした様子もなく。
笑みを浮かべながらも何処か真剣な眼差しの馬場に少し引っ掛かる。
「...何か賭けたいんか?」
「いえ。ただ、宣言したかっただけです」
「さよか。ほな俺からいくで」
普段とは少し違った様子の馬場を訝しげに思いながらも、きっちりと本を閉じて持ち直した。
賭博に使われるようなカードのない刑務所内では、本を使ってカブをする。
先に左右のどちらかを選び、適当に開いた頁の選んだ側の末尾で役を決めるのだ。
こういった暇を持て余した先人達の知恵には毎回驚き呆れながらも暇潰しの少ない所内では有り難いと思う。
「最初は...右や」
宣言すると閉じた本の適当な場所に爪を立て、そこを一気に開いた。
「六法か。まぁまぁやな」
196頁を馬場に見せ、今度はお前の番やとさっさと本を手渡す。
「じゃ、俺も右で」
馬場もまた倣って本を開くと「あちゃあ」と苦笑いを浮かべた。
「ヨツヤですね」
馬場が見せてきたのは224頁。
相変わらずの微妙な引きの悪さに何故か少しだけ安心を覚える。
馬場に妙な違和感を覚えたのは、どうやら自分の思い違いだったらしい。
馬場から本を手渡された時、ふと大塩と視線が合った。
何か言いたげなその表情に一瞬、口を開こうとしたが日村に次の手を促されて大塩はさっさとまた視線を碁盤へと戻す。
「ほな次は...また右や」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ