短編
□ジェイドラビリンス 番外
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月が煌めく夜、セレニティはいつもの場所で、想い人を待っていた。
約束をしているわけではなかったが、こんな月の夜は何時も彼に会えた。
草木がザワめき、その方向を見ると彼ではなく、知らない女性が立っていた。
(いけない!隠れなきゃ!)
セレニティは、月の者と地球の人は触れあっては行けないことは十分に分かっている。
彼とその側近はともかく、他の人間に姿を見られるのは、流石に不謹慎だ。
セレニティが、その場から立ち去ろうとした時、女性が声をかけてきた。
「お待ちになって、月の姫。私はエンディミオン様の縁の者。」
女性から彼の名が出てセレニティは立ち止まった。木陰に、長い赤髪の女性が立っていた。
距離を縮める事もせず、女性は只セレニティを見つめていた。
「貴女はどうして此処に?」
女性がなにも言わないので、セレニティから尋ねた。
「エンディミオン様は今日は来られませぬ。」
女性がセレニティに告げる。
「プリンスは、暫く戻って来られぬゆえ…。」
「貴女はエンディミオン様の…御姉様ね?」
セレニティの言葉に女性は驚く。
「…?、姉では…。」
「分かっています。エンディミオン様が姉の様に慕う方が居らっしゃると言われておりました。貴女でしょう?」
「何故そうお思いに?」
「貴女のエンディミオン様の名を語る声が、慈愛に満ちているから。」
思慕ではなく慈愛。そう言われ女性は自分の感情を的確に表現されたと思った。
そうかもしれない、自分の想い人の血脈を受け継ぐ彼への感情。
エンディミオンの事を何時も想っていなければ、彼の名を読んだだけでそんな事は感じないだろう。
「月の姫、貴女はエンディミオンが本当に好きですのね…。」
「はい…。」
返事をする彼女だが、表情に翳りがある。
「分かってはいます。本当は会ってはいけない、想い合ってはいけない事は…、でも。」
「感情を止めることは出来ないわ。エンディミオンだって同じでしょう。貴方達は分かり合える人と出会えたのだから幸せですよ。」
セレニティは、初めてそんな事を言われ驚いた。
「ありがとう、そんな事を言ってくれたの貴女が初めてです。お優しいのですね。」
自分は優しくない。今日此処へ来たのも、プリンスの想い人を直接見たかっただけ。声をかける気もなかった。
ただ、月を見つめながら待つ彼女が儚げで、それでいて優しく微笑む表情に、亡くなった従姉が重なった。立ち去る彼女をつい、引き留めてしまったのだ。
「エンディミオン様は私に出会った事を後悔していないのでしょうか…。
…あっ、ごめんなさい。初めて会う方に私ったら変なことを…。」
セレニティは、女性が喋らないのでつい言葉が出てしまった。
自分の身の回りで、恋の相談などできる相手がいない。いつも一緒にいる守護戦士達には、迷惑をかけている負い目もあり、相談等できなかった。
目の前の女性は、彼が言っていた姉の様な人。自分たちを幸せと言ってくれたこの女性に素直な気持ちを聞いてもらいたかった。
「…貴女は後悔なさっているのですか?」
女性に言われ、セレ二ティはハッとなる。
「…いえ、いえ。後悔していません。あの人に出会えたことは私の今までで最も幸せな事だから。」
「なら、彼も同じですよ。自信をお持ちなさい。自分の気持ちに。エンディミオンの貴方への思いの強さに…。」
女性は、自分が何故目の前の月の姫を慰めているのか不思議だった。
清浄の月の人間、神聖なる存在。そんな人間が目の前で恋に悩んでいる。地球の人間となんら変わらぬ、純真な気持ちを自分に打ち明ける少女に親近感を感じていたのかもしれない。
「私達を認めてくださる方に逢えて本当に嬉しいです。ありがとう。私もあなたの幸せをお祈りさせていただきます。」
セレニティは微笑みながら女性にいう。
「ありがとう、私は見守る役目の者。貴方達の行く末が幸あるよう私も祈っていきます。」
女性は少し寂しげに笑いながらセレニティに声をかけた。幸せ…。先読みの占いで、これからこの星や月に災いが起こると出ているのに。
只、目の前の少女の優しい月の光のような笑顔を曇らせたく無かった。
自分の好きだった従姉に似た少女の笑顔を。
「また貴女にお会いしたいですわ。それでは失礼します。」
セレニティは、女性にそう言いその場を後にした。
しかし二人が再び出会うのは、奇しくも終焉の時。セレニティは思いも寄らなかった。あの時に出会った優しく諭してくれた女性が自分の最愛の人と自らの命を断とうとは。
いつ運命の歯車が狂ったのかは分からない。
けれど、セレニティは最後の時まで祈っていた。全ての人の幸せを…。
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