長編集IV

□愛しき人よ
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その日は、冬の終わりにしては暖かく、春の始まりにしては肌寒い、そんな1日だった。
天高くそびえる空は雲一つ浮かべておらず、陽光が燦燦と地上に降り注いでいた。
ともあれ、日中はそんな天気だったので、どこか爽やかな気持ちで過ごすことができていた。
しかし、及川徹の北川第一中学での1日の締め括りには、お世辞にも爽やかとは言えないイベントが用意されていた。

「やっぱり、他に好きな子、いるんだ……」
「うん、ゴメン」

裏庭に呼び出された及川は、目の前で項垂れる女子生徒に対し、何の興味も抱いていなかった。
「自分を好きになってくれてありがとう」とか、「君にもいい人がきっと見つかるから」とか、気の利いた台詞を口にしようだなんてことは、これっぽっちも思えない。
なぜなら、及川は失恋の痛みを知っているからだ。
目の前の彼女のように、昨夏の誕生日に告白してフラれている。
及川の恋の相手は、バレー以外では及川に全く興味を抱いていなかった。
だから、一方的に及川を好きになって、傷付く彼女達の心の傷は理解できても、それを慰めるための言葉を知らなかった。

「あ、あのさ……よかったら、好みのタイプの子、教えてくれないかな?わたし、努力してみるし……」

(そんな努力をしたところで、俺が好きになる訳ないだろうにね……)

及川は数舜自分の中でそう呟くと、髪をかき上げ瞼を伏せた。

「ゴメン、そういうことじゃないんだよね」
「えっと、わたしじゃタイプの子になれないってこと……?」

ああ居心地が悪い。
失恋劇場なんて一刻も早く終わらせたいというのに、どうして彼女はこうも食い下がってくるのだろう。
第一、 及川の好きな人は女ではないのだから、女である時点で彼女は恋愛対象外だ。

「ゴメンね、ほんとに」

結局はそう言って、足早にその場を去ることにした。
そうでなければ、いつになっても解放してもらえそうになかったのだから、こればかりは仕方がない。

(さて、岩ちゃんを迎えに行くとしようか)

及川は裏庭から校舎内に入り、しばらく廊下を歩いて渡り廊下へ出ると、視界いっぱいに入り込む体育館を見据えた。





岩泉が体育館の重い扉を開けるなり、ドタドタという足音と共に、2年生から厄介者扱いされているクソ生意気な1年生が駆け寄ってきた。
彼の名は影山飛雄、ただいま絶賛成長期中で、先日会った時よりもまた少し背が伸びたように思える。

(クソ、近いうちに俺の身長抜くんじゃねーのか、コイツ?)

とはいえ姿を見るなり駆け寄ってくる後輩というのは、純粋にかわいいものだ。
岩泉は満更でもない気分で、影山がそばに来るのを待った。
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