長編集IV
□愛しき人よII
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約二年後、春──。
うららかな陽射しを嫌う及川は、木陰で仰向けになり、部室から持ち出した月バリを開いて顔にかけつつ、居眠りを決め込んでいた。
仙台駅で影山と別れてから今日まで、高校時代の時と同じく、一切連絡を取り合っていない。
メールを見れば声が聞きたいと思ってしまうだろうし、声を聞けば会いたいと思ってしまうだろうし、いずれにせよ仙台行の新幹線に飛び乗ってしまいそうだったから、何とか踏ん張って都内の生活に慣れようとしていた。
そして、やっと影山が大学生として都内に来ることになった。
本人から聞いた訳ではなく、月バリの特集で影山の進学先について触れていたから、知っていることだった。
「おーい、及川」
どこか剣呑とした声が聞こえる。
これは二年前にチームメイトになった、元音駒の黒尾のものだった。
「んー、なぁに……?」
及川は少し眠気の残る頭でもって返事をし、雑誌を顔からよけて芝生の上に起き上がった。
「不貞腐れてたかと思えば、今度は寝てたのかよ?忙しいヤツ」
「うっさいな、まだ不貞腐れてるよ」
黒尾が隣に座る気配を感じると、及川はおもむろにシャツの下に手を突っ込み、首にかけていた物を取り出した。
それは黒くて細い革紐に通された、高校時代のブレザーの第二ボタンだった。
「あ、それ、いつもつけてるヤツ。何なんだ?」
ずっと気になりつつも聞けなかったボタンの正体が知りたくて、黒尾が目を輝かせる。
「俺の高校時代の制服の第二ボタンだよ」
「女子にはやらなかった……ああ、間違えた。影山にはやらなかったのか?」
黒尾は、及川の唯一の理解者だった。
高校時代の影山のことを知っている上に、及川のことも知っているので、ついつい話してしまったという経緯がある。
「うん、飛雄にはあげなかった」
「なんで?」
「あの時、俺、自分がどうしたいのか分かんなかったからさ。飛雄のこと忘れようって思って宮城を出るはずだったのに、アイツ見送りになんて来るから……決意が揺らいだっていうかね」
及川の話を聞くと、黒尾は押し黙る。
最初は男同士の恋愛なんてと思っていたが、及川の話を聞くにつれ、男女の恋愛よりもずっと繊細な愛が築かれるのだなと痛感しているからだ。
「そんで、不貞腐れモードはどこへ行った?」
「まだまだ健在ですぅ……まったく……飛雄が岩ちゃんと同じ大学に進んでるなんてね」
及川は心中穏やかではなかった。
影山は岩泉がいると知っていて、進学先を決めたのだろうか。
それとももっと別の理由があって、そうしうようと決意したのだろうか。