短編

□及川さんの地雷を教えてください!
1ページ/3ページ

東京遠征を終えた影山の状態を一言で表すなら、「消耗」という言葉が一番適しているように思う。
体力には自信があったが、東北では考えられないような暑さに加えて、新しい攻撃の練習に余念がなかったのだから、それも致し方のないことだ。
そして無事宮城に帰還したその日の夜のこと、お約束のように及川が訪ねてきた。

「……疲れてるんスけど?」

ズカズカと部屋に入り込み、ベッドの上にどっかりと座り込む先輩を恨めし気な目で見つめるが、当の及川はそんな視線に構うことなく、携帯を取り出していじくっている。

「飛雄ちゃんさ、東京行ったからには、もちろん買って来たよね?」
「何のことッスか?」

画面を凝視したままの及川は動きそうになく、影山は仕方なく部屋のドアを閉めてベッドに背を預ける格好で座った。

「決まってるじゃん、東京土産」
「なんで同じ時期に東京にいた人に、東京土産買って来なきゃいけないんです?」
「まさか、買ってないの?」
「当然ッス」

力なく言い切ると、突然後頭部に枕が投げつけられた。

「いってー、何すんですか!?」
「まだ付き合って間もないのに、恋人にお土産買わないって、どういう神経してんの!?」
「恋人って何スか!?」
「俺のこと!この前『好き』って言ったじゃん!!!」
「言ってません!」

いや、言っただろうか、と少しばかり心の中で思い出してみるが、生憎そんな台詞を口にした記憶などなかった。
百歩譲って言ったとしても、きっと及川に「言わされた」という状況だったに違いない。

「いーや、言った!」
「……じゃあ、もう言ったって方向で話進めていいですよ。で、今日は何の用です?」

一々反発していたらもっと疲れてしまいそうなので、早々に折れておいた方がいいと諦めた。

「ちょっとさ、幾つか聞きたいことがあるんだよね。この子、誰?」

携帯の画面を突き付けられると、見知った顔が写されている。

「あー……梟谷のセッター……?」

あの遠征には多数の学校のバレー部員が集っていたので、参加者全員の顔と名前をすっかり覚えている訳ではない。
それでも同じポジションの選手の顔だけは辛うじて判別できる程度だ。
ちなみにそのセッターとは赤葦という名で、最終日のバーベキューで喉を詰まらせた影山に水を差し出している姿が写されている。
確か食い意地を張った影山が苦しそうに胸を叩いているのを見かねて、助けてくれたように記憶していた。

「他人から軽々しく物を貰っちゃいけません!」
「いや、だから、水ッスよ……」
「何か混入されてたら危険でしょ!?その水に、ヤラシイことしたい気分にさせる薬が入ってたら、お前どうすんの!?」
「ヤラシイって……どんだけ変な妄想してんスか?」
「変じゃない!名前も思い出せないような人からもらった液体は危険なの!」
「はあ……」
「それから、これ!よく見て!」

幾分ウンザリしつつ画面を見つめると、差し入れでもらったバナナを皆で頬張っている姿が写っている。
ただそれだけの写真なのだが、及川はどうやらお気に召さないらしく、険しい目を向けてきた。

「バナナ食ってるだけッスよね?」
「飛雄、バナナとか軽々しく口にしたらダメ!」
「何でです?」
「バナナっていうのはね、男の股間の隠語なの!この絵面、皆で股間しゃぶってるようにしか見えないでしょ!?」
「……」
「ね!?だから、バナナって言うもの食べるのもダメ、オッケー!?」
「いや、オッケーじゃねーッスよ!?アンタ、それバナナに相当失礼ですよ!?」

言った瞬間脳天に拳が落ち、影山は痛みのあまり咄嗟に両腕で頭を抱えた。

「俺が注意した直後にバナナって口にしたよね?及川さんの話まともに聞いてないよね?」
「……まともに聞いてたら、身が持たねーよ」
「何か言った?」
「いや……なんでもないッス」
「それと、なんで彼シャツ着なかったの?着る機会あったよね、あったでしょ?」

遠征の時に無理矢理バッグにねじ込んだ青城ジャージのことを言っているのは理解したが、そもそもあれは「お守り」みたいなノリで、及川が勝手に詰め込んだものだ。
着るどころか、バッグに入れていたこと自体、今の今まで忘れていたなど、口が裂けても言ってはいけないと直感した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ