短編

□青城クーデター
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お前にはもう付いて行けない──。
そんなに言い分にはもうウンザリだ──。

身勝手な行動言動ゆえにチームメイトに見放され、孤独を強いられてしまった。
気付けば見えない溝が作られ、こっちには決して来ないでくれと牽制されているように感じる。
どこでどう間違えてしまったのか分からないが、入った亀裂は修復不可能であるに違いなく、ただ奥歯を噛み締めて項垂れることしかできなかった。





「ちょっと、飛雄、聞いてんの!?」

烏野高校体育館内で、及川は影山を体育館の片隅に座らせたまま、くだらない話に付き合わせている。

「あの、練習に戻っていいッスか?」
「やっぱり聞いてないんじゃん!もう一回話すから、よーく聞くこと!分かった!?」

冗談じゃない、どうしてこんなに果てしなくどうでもいい話を、延々と聞かねばならないのだろう。
はっきり言って及川の自業自得だと言うのに、まるで責任の一端が影山にもあるかのような口ぶりだ。

「いや、もう何も言わなくていいッス」
「え、分かってくれたの!?やっぱり飛雄なら分かってくれるって信じてたよ!中学時代チームメイトに見放されて『コート上の王様』になっちゃったお前になら、及川さんの気持ちが理解できるって信じてたよ!」
「あの……俺の古傷に塩塗り込んで、楽しいッスか?」
「そうじゃないよ、今ならお前の気持ちが分かるから、共有できるって言ってるの!正直お前が『コート上の王様』って呼ばれてた頃は『ザマーミロ』って思ってたけど、撤回するね!」

なるほど、かつて割と深刻に王様になってしまったことを悩んでいたのに、及川がそんな気持ちで自分を見ていたことだけは理解した。

「おい、日向!練習再開すんぞ!」

影山は迷うことなく立ち上がると、もうこれ以上話に付き合う気はいとばかりに練習に戻ることにした。

伸ばした手が届かない。
引き止めたくてどんなに声を荒げても、己の声が影山に届くことはないのだと言われているようだ。
及川は仕方なく膝を抱えると、日向との練習を再開した影山を恨めし気な視線で見つめる。

「なあ、影山?大王様のことほっといていいのか?」
「相手してたらキリがねーよ」

いかに影山がやる気を見せていても、あの及川の妬まし気な視線を浴びながら練習する日向の方は、やりにくくて仕方がない。それでもトスが上がれば条件反射で打ってしまい、時間が進むにつれそんな鬱陶しい視線など気にならなくなって行った。

「及川、青城で何があったんだ?俺達でよければ話を聞くぞ?」

最初は静観していた烏野3年生トリオだったが、影山がコートに入って及川が1人になってしまうと、さすがに気の毒になってせめて話だけでも聞いてやろうと歩み寄る。

「主将君、爽やか君、髭チョコ君……キミ達って実は優しいんだね……。中学時代に俺が育てた飛雄を変えちゃった元凶だとばかり思ってたけど、俺の誤解だったんだね……」

はっきり言って、中学時代に及川が影山を育てたという話など聞いたことがない。
むしろ影山は「バレーに関しては何一つ教えてくれなかった、月島よりも性格の悪い先輩」と言っているくらいだ。
それでも3人は及川の前に胡坐をかき、一体どんな経緯があって青城を飛び出してきたのかを聞くことにした。

「俺さ……飛雄の彼氏じゃん?でね、きっと皆気になってるかなーって思って、色々と報告してたの」
「色々って、例えばどんなことだ?」
「その日にあったことをその日に報告するのは難しいから、前日にあったことを翌日に報告してたの」
「だから、どんなことを報告してたんだ?」

何だかイライラするのは澤村だけだろうか。
チラッと横を見て菅原や東峰の様子を窺うが、2人共特に苛立ちを表情に出してはいないように感じ、冷静になれと己に言い聞かせる。

「例えば飛雄と何発ヤったかとか、エッチしてない日はどこでデートしたかとか、LINEの内容とか……そんな感じ」

赤裸々な言葉を聞いて、東峰が居心地悪そうにソワソワし始めるが、及川にとってはどうでもいいらしく、尚も喋り続ける。
要点をかいつまむと、とにかく及川は影山とのラブラブなお付き合いに関して、全てを余すことなく喋りまくっていたらしい。
恋人同士の秘め事などすっかり無視し、饒舌の限りを尽くし、他人の言葉に耳を貸すことなく喋り抜いた結果、青城のバレー部員は「そんな話はもう聞きたくない」と及川を徹底的にシカトするようになったのだと言う。

「ないわー……」

全てを聞き終えると、菅原が呆れたような第一声を発した。

「何のこと?」
「だって何でもかんでも喋ってたんだろ?そりゃないべ……デリカシーってものがなさ過ぎだべ」
「はあ!?爽やか君、飛雄にデリカシーなんてあると思ってんの!?アレを見なよ!恋人が泣きついてるって言うのに、チビちゃんと練習してるんだよ!?及川さんを嫉妬させようとしてるんだよ!?デリカシーって何さ!?」
「あ、あのさ……俺にはよく分かんないけど、ああやって練習してても、きっと及川のこと気にしてると思うんだよね。たまたま練習中だから敢えて気にしないようにしてるだけで、内心『早く練習終わらないかな』なんて思ってるんじゃないかな?」

澤村と菅原はいきなり何を言い出すのかと東峰を睨み付ける。
さっさと青城に戻って欲しくて菅原が第一声を放ったというのに、「及川の味方です」などという雰囲気を漂わせたら、この厄介な来訪者はいつまでも烏野に居座ってしまうではないか。

「ホ、ホントにそう思う?飛雄、バレーしてても及川さんのこと考えてくれてるって思う?」
「そりゃそうだよ、だって恋人なんだろ?」
「髭チョコ君……試合中はドカドカ大砲みたいなスパイク打って『めんどくさいヤツ』って思ってたけど、すんごく優しいんだね……岩ちゃんとは大違いだよ……俺、キミみたいな人と幼馴染だったら良かったのに……」

まあ敵主将に「めんどくさいヤツ」と思われるのであれば、東峰もエースとして誇らしい気分になる。
そんな気配を素早く察知したのは澤村だった。

「旭、そろそろ練習に戻れ」
「え?な、なんで……?及川が気の毒だから俺達3人で話を聞こうって……」
「いいから戻れ。お前は無駄に優しいからな」

その優しさが仇になることを、残念ながら東峰は知らない。
だが主将がそう言うのであれば拒む訳にも行かず、名残惜しそうに立ち上がった。

「え、行っちゃうの?」
「ゴメンな、大地を怒らせると怖いから……多分、岩泉よりも怖いと思うぞ?」
「げ……」

なんとなく嫌な予感がする。
ここでも青城と同じように追い出されるのではないかと、己の直感が告げている。

「なあ、俺随分前から思ってたんだけど、お前と影山が付き合うのって問題あるような気がする」
「ど、どこに問題あるの!?少なくとも飛雄には不満なんてないはずだよ!」
「ほら、そういうトコ。なんで『不満がない』なんて言い切れるの?影山がそう言ったならまだしも、そうじゃないんだろ?」

東峰が去った途端、菅原がさり気なく「影山のオカン」であることを主張し始めている気がする。
否、部員の恋愛沙汰に口出ししている時点で既に「オカン」だと断定してよさそうだ。

「じゃあ飛雄がちゃんとそう言えば、問題ないワケ?」
「うん、そういうことになるね」
「分かったよ、そこまで言うなら目の前で言わせてあげる。ちょっと待ってて」
「あ、おい、及川!?」

なんと及川は立ち上がるなり影山達が練習しているコートへ向かってダッシュしてしまい、トスを上げている影山の首をガッチリとホールドして戻って来た。

「ちょ、お、及川さんっ……なんで邪魔すんです!?」
「邪魔って何!?いい、飛雄?正直に言いなさい。お前、及川さんに何か不満とかある?」
「ふまん……?」
「そう、不満。たとえばエッチの時これっぽっちも気持ちよくないとか、及川さんが下手っぴ過ぎて全然ヨガれないとか、そういう不満ある?」
「待って及川!なんでそういうシーン限定で聞くの?」

菅原が焦って2人のやり取りを遮ると、すっかり目を座らせた及川に睨み返され、浮いた腰を床に落とす。

「あのさぁ、何ヌルいこと言ってんの?恋人の不満って言うのは、恋人同士の営みにあるかどうかに限定されるに決まってんじゃん?それ以外の場所での不満なんて、不満とは言いません!さあ飛雄、どうなの?」
「……『ふまん』って、(何だ?聞いたこと)ないぞ」

どうやら影山の貧弱な辞書に「不満」という言葉はないらしい。
及川はニヤリと笑うと己の主張は正しいとばかりに胸を張る。

「ほらね?『不満はない』って言ってるじゃん!」
「いや、なんか『不満』と『ないぞ』の間に何か言ってたような……?」
「気のせいだってば!幻聴だよ!」





その頃、青城体育館では3年生達が一様に難しい顔をしていた。
口を開けば「飛雄がどうの」と言っていた主将が逃亡してくれたことは、素直に嬉しいと思っているが、いなくなってみると今度は「飛雄がどうしているのか」が気になって仕方がない。

「影山、今頃どうしてんだろーな……?」

岩泉も及川のことなど微塵も気にしていないが、影山のことは物凄く気になる。
とにかく及川と付き合っているのだから理不尽の限りを尽くされていることは想像に難くなく、どうしても心配になってしまうのだ。

「及川って罪なことするよな……逃げたら俺らトビオがどうしてるか分かんねーじゃん」

なんと全く影山と無関係の花巻や松川までもが、そんなことを口にしているのだから、金田一と国見はただただ呆れるばかりだ。

「あ、あの……岩泉さん?及川さんのこと、追わなくていいんスか?」
「ああ」
「あんなんでも、一応ウチの主将ですよ?」

金田一も国見もそれぞれに心配して問いかけるのだが、どうやら岩泉に追いかける気はないらしい。
まあ確かに影山とのあれこれを聞かされている側としては、及川がいない方が練習に集中できていて有り難い。
だが本当にこれが正しい部の在り方なのだろうかと、疑問にも思う。

「バレー部、これからどうなっちゃうんですか?」
「心配しなくても、今までと変わりねーよ」
「どうして言い切れるんです?」
「いいか、よく考えろ。及川は俺らのクーデターごときじゃヘコまねーよ」
「はあ……」
「アイツがヘコむのは、影山がクーデター起こした時だ。明日には何事もなかったような平和なツラして戻ってくる。言い切ってもいい。それより影山が気になる」

そういうものだろうかと国見が小首を傾げたその時、体育館の扉が盛大な音を立てて開かれた。

「みんな、お待たせ!ちょっと烏野でムカっときたから、飛雄のこと拉致って来ちゃった!」

なんと及川は影山を小脇に抱え、清々しいほどの笑みを浮かべている。
どこまで精神的にタフな先輩なのだろうと、金田一も国見も目を見張るが、それよりも憂い顔を浮かべていた3年生達が一斉に駆け寄る様に驚愕の表情を浮かべてしまう。

「おお、トビオだ!お前、今日は居眠りとかしなかったか?」
「及川にイジメられなかったか?」
「影山、困ってることがあったら、何でも言えよ?1人で抱え込むんじゃねーぞ?」

花巻や松川、岩泉はまるで「オカン」のように影山に声をかけている。
一体いつからあのコミュ障が人気者になったのか、かつての影山を知る2人の1年生は全くもって理解できていない。

「あ、あの……俺、練習中に連れて来られて……」
「そりゃさぞ迷惑だっただろ?まあウチでゆっくりして行けって」
「は……?あの、練習が……」
「影山、そんなに練習してーなら、俺が打ってやるからトス上げろ。久しぶりだな、オイ?」



何だ、この空気は──?
折角主将が帰還したというのに、誰も自分の心配などしていないではないか──。



「ちょっと待ちな、お前ら!飛雄は及川さんのモノなんだからね!特に岩ちゃん、あんなにウザイって言ってたのに、飛雄見るなり態度変えるってどういうこと!?」
「お前のことはどうでもいいが、お前がいなくなると影山の情報が入ってこねーんだよ。今日も授業中居眠りしてねーかとか、昼寝してるとこをクソ及川からのLINEで邪魔されてねーかとか、とにかく気になって仕方なかった」
「へ、へえ……そーなんだ……」

とりあえず、及川が影山の話をするとウザがられるが、いなくなると影山の情報が入って来なくてイライラするらしい。
烏野にも脅威の「オカン」がいたが、よもや自らの手で青城内にまで「オカン」を育てていたとは思ってもみなかった。

「飛雄……」
「はい?」
「俺、もう飛雄とのあれやこれやをチーム内に披露すんのやめる。なんか、オカンが乱立しててやりにくい……」
「及川さん、何をそんなに喋ってたんスか?あと、結構痛いんで放してくれませんか?」
「お前とのあれこれを色々と話して聞かせてたんだよね。あ、主にエッチの話。そんで残念ながら放さない。このまま及川さんの家でエッチするんだから、逃げるよ!」
「え?うあっ、ちょ、は、放せって、自分で走れますって!」

逃げて行く及川と影山の背を、皆が見送っていた。
もう影山とのあれこれを喋らないと言っていた及川だが、明日には忘れて喋るに違いない。否、喋ってくれなければ影山がどうだったのかという情報を得られない。
こうして青城クーデターは幕となり、それぞれが2人のエッチを好き勝手に妄想しながら練習を再開するのであった。


(終わり)

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