短編

□4度目のバレンタイン
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北川第一中学校の卒業式を終えてすぐに、バレー部の部室に忘れ物を取りに戻った。
具体的に何を忘れたのかは分からないものの、途轍もなく大きな何かを置き忘れてきた気がしてならず、及川は式典中からソワソワしていた。
そして式が終わるなり、取り囲もうとする女子達を全力で振り切りながら目指した先は、久しく足を踏み入れていない部室だった。

『え、と、飛雄……?』

入る時になぜすんなりドアが開くのだろうと、漠然とした違和感を覚えた。
だが及川にとって大切だったのは、何を置き忘れたのかということで、鍵の存在など部室のドアを開けて上がり込むまで考えていなかった。

『何してんの、お前……?』

影山は部室内の窓際に置かれた椅子に座り、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。
及川が入室してきても動じる様子はなく、異様なまでの静けさでもって佇んでいた。

『飛雄!』

一段と声を荒げてやると、影山はふっと現実に引き戻されたかのように目を見開き、ゆっくりと及川の方へと首を回す。

『あれ、及川さん……?』
『お前、何してんの?』
『及川さんこそ、何しに来たんスか?』
『俺は忘れ物を取りに来たんだけど?』

一体何を忘れたのかも分からずに来てしまったにも関わらず、自分がこの場所にいることを正当化したかったのかもしれない。
しかしその台詞を耳にした影山は、少しばかり口元を緩めてこんな台詞を言ってのけた。

『引退した3年の忘れ物は、俺ら1年がまとめて岩泉さんに渡したッス』
『え?あ……』

そういえば、しばらく前に岩泉から忘れ物の類を渡されたことを思い出す。

『及川さん、卒業おめでとうッス』
『あ、うん……ありがと』

ということは、及川はここに忘れ物などしておらず、よってここにいる理由もないことになる。
ならば一体自分は何をしに来たというのだろう。
確実に何かを忘れたと感じたからこそ、足早にここへ駆け込んだと言うのに、結局私物の一つも残されていないのだから、来る理由などありはしない。

『丁度いいんで、言っときたいことがあるんスけど、ちょっといいッスか?』
『……どーぞ』

何もかもが空回りしているような心境に陥っているせいか、つい声が尖ってしまうが、言いたいことがあるのなら、聞くくらいのことはしてもいいように思った。

『俺、もうアンタを追いかけるの、止めます』
『は……?』
『俺は俺で、アンタの真似したって上手く行くワケねーって分かったんで。ずっと間違ったことしてたって気付きました』

そこで及川の心の糸がプツン──、と切れてしまった。
練習中はいつだって舐めるように見つめていて、居残り練習にも付き纏って、口を開けば「教えてください!」と後を追って回っていた天才が、自分を突き放そうとしている。
卒業という一大イベントを機に、及川徹という存在そのものを、心の中から追いやろうとしている。

『お前さぁ……何様なの?俺から山ほど技盗んどいて、ある程度自分のモノになったから、もう及川さんはいらないって?ふざけんな、俺は使い捨てのティッシュじゃないんだよ』
『ティッシュだなんて思ってないですけど?』
『お前がそう思ってなくても、俺にはそう聞こえたの。利用価値がないからサヨナラ?冗談じゃない、そんなこと誰がさせるかよ?』

影山が座っている椅子に大股で歩み寄り、まだまだ及川に比べて力で劣る後輩の腕を思い切り引っ張り上げると、そのまま窓に縫い付ける。



俺は、何を忘れて来たんだ──?



『飛雄は俺を忘れない。忘れさせてやんないよ』



今日俺がここでコイツと遭遇したのは、ただの偶然なのか──?



『ちょっ!?』
『黙れ』

手のひらで簡単に包めてしまうほどに細い手首をギュッと握り、そのまま顔を近付け唇を重ねる。
影山がキスという行為を知っているのかどうかなど、どうでもいいと思っていた。
ただ盗むだけ盗んでおいて忘れられるのは癪だから、このクソ生意気な後輩の心に何かしらの爪痕を残しておきたいと考えただけのことだ。



違う、偶然なんかじゃない──。



どこか熱を帯びてしっとりと濡れた唇を吸いながら、抵抗できずに足をバタバタさせる影山の股間の直下に膝を押し入れた。
影山の方は、一体何を思ってキスを受け入れていたのだろう。
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