短編

□4度目のバレンタイン
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外国では挨拶代わりで、日本では好きな異性に対してするものというのが、キスの定義のようなものらしい。
だがいかに外国といえども、ただの挨拶で唇同士を触れ合わせるキスなどしないのだそうだ。

「へぇ……そうなのか……」

練習後の烏野バレー部部室内でキス談義が始まったのは、日向が登校前に自宅の玄関に座って靴を履いていたところ、妹が駆け寄ってきて頬にキスを落とされた、という話がきっかけだった。
なぜ今日に限ってそんなことをしたのかと問えば、「今日はバレンタインで、あたしにはチョコを買うお金ないから」という、何とも可愛らしい答えが返ってきたらしい。

「だから、おれは今日チョコは貰ってない!影山なんかと違って、おれは中身で勝負する!」

言われた影山は、自分の荷物を眺めるなり、眉をしかめた。
頼んでもいないのにチョコを貰う身にもなれと言ってやりたいが、何となく言い出しにくい。
それにどちらかと言うと、チョコよりもキスの話の方に心を奪われている。
中学1年の最後の頃に、及川が唇を押し付けてきたあの行為のことを、キスと呼ぶのかと内心焦ってもいた。

「お前、それ全部義理チョコなんだから、調子に乗んなよ!?」
「乗ってねーよ、ボゲ」

できることなら今この場にいるメンバーに配ってしまいたいところだが、どうにもそういう雰囲気ではなさそうだ。
中学時代よりも少しだけ成長したのか、何となく場の空気というものを読めるようになっている気がする。

「でも、なんでお前モテんの?やっぱ大王様の後輩だから?」
「あ?」
「大王様かっけーもんな?お前もやっぱ、中学時代にモテ方みたいの教わったのかよ?」
「何も教わってねーし。つーか、なんで及川さんの話なんてすんだよ、気分悪くなんだろ?」

あの日のことは、未だに忘れられない。
唇に残る柔らかな感触も、しばらく離れてもらえずに窒息しそうになったことも、両の手首に痕がついてしばらく痛んだことも、鮮明に記憶している。

「え、影山って大王様のこと嫌いなの?」
「好きに見えんのかよ?」
「うん、見える!」
「はあ!?どこがだ、ボゲ!」

そんなやり取りをしていると、それまで2人のやり取りを傍観していた菅原も、興味深いとばかりに会話に割り込んできた。

「いやいや、なんか中学時代の先輩後輩として仲良くやってますよーっていう風に見える」
「菅原さんまで、何言ってんスか!?」
「違うのか?」
「違います!俺はあの人と仲良くしたことなんてねーし、あっちだって同じッスよ!」

それはどうかなと言う風に、菅原は目を天井に向けつつ手を顎に当てた。

「うーん……影山はどうか知んないけど、あっちは違うんじゃないの?」
「はあ!?」
「なんかさ、いつもお前に突っかかってきてるじゃん?それって、何かを思い出して欲しい、みたいな感じに見えるんだけど?」
「──っ!?」

もしそれが本当だとしたら、及川はあのキスを忘れないで欲しいとでも思っているのだろうか。
それとも、中学時代に不本意ながらも無言のうちに教えてしまった技の数々の方を、覚えていて欲しいと考えているのだろうか。

「菅原さん、影山、黙っちゃいましたよ?」
「あー……図星だったかな?」
「え、図星って……あの、それ、どういう……?」
「日向はもういいから帰りな。他のヤツらも部室から追い出してくれる?」

そう言われると、日向としてもイヤだとは言えず、身振り手振りで他の面々に早く帰ろうと促すことしかできない。
そして影山はと言えば、あの日北一バレー部部室内で起こった唐突なキス事件を一層鮮明に思い出し、周囲の様子が変化しつつあることに気付いていなかった。

「影山、おーい、聞えてるかぁ?」
「あ……あれ、みんなは……?」

ふと我に返れば部室内には自分と菅原しか残っておらず、一体どのくらいぼんやりしていたのかと、慌てて周りを見回した。

「もう帰った。そんで、俺も帰る。ホラ、今日の鍵当番はお前だからな?」
「あ、はい……おつかれっした……」

菅原はアタフタと着替え始める後輩を一瞥して部室を出て、少し離れた場所まで移動するなり、携帯を取り出してとある番号を呼び出した。

「もしもし、菅原だけど……及川、お前どこに隠れてんの?」
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