中編

□迷走及川さん
1ページ/6ページ

月曜日の放課後というのは、及川にとってとても心が弾む特別な時間帯だ。
この日だけは青城バレー部が休みで、部長という看板を下ろすことができ、尚且つ恋人と心置きなくイチャラブできる。
もっともその恋人の方の部活は休みではないので、とりあえず相手の練習が終わるまではどこかで時間を潰さなくてはならない。
しかもその恋人には曜日感覚が欠落しており、ちゃんとメールで今日が月曜であることを事前に知らせておく必要がある。

「まったくもう、飛雄ってば世話が焼けるっていうかさ……まあそこが可愛いっていうか、母性本能をくすぐられるっていうかさ……いいんだけどね」

携帯をいじくりながらブツブツと独り言を紡ぎ出す友人を横目に見つつ、岩泉はツッコミを入れるべきかそっとしておくべきか悩んでいる。
影山が烏野に進学したと知った時の及川の落ち込み方は、見ていて痛々しいほどだったが、恋愛に障害は付き物だと前向きに捉えるようになってからは、手が付けられないほどに舞い上がるようになった。
それこそ及川の中で天変地異でもあったのかと思うような豹変ぶりだが、落ち込んでメソメソしている頃よりは、ずっとマシであることは事実だ。

「『今日は及川さんとデートだから、居残り練習は禁止だよ』っと!送信完了!」

あまり大声で言ってはいけないのだろうが、影山はこういう束縛をどう感じているのかと、岩泉は常々疑問に思っている。
といはいえ影山の場合は巷の恋愛に興味を示したりすることはなさそうなので、及川とのお付き合いが普通だと信じている可能性も、無きにしも非ずだろう。
とりあえず自分は帰宅しようと家への道を歩き始めようとした途端、及川の悲鳴が耳朶を打ち、慌てて振り向いた。

「おい、どーしたよ?」
「み、みみみ、見て岩ちゃん……あれ!」

及川が立ち止まっている場所まで戻り、指差す方向に視線を向けると、影山と見たことのある眼鏡をかけた長身の男子が視界に入る。
確か影山と同じ1年のミドルブロッカーではなかっただろうか。

「あれがどーした?」
「じ、事件だよ!飛雄が及川さん以外の男と歩くとか、通報しなきゃ!」
「落ち着け、ボゲ。こんなことで通報されたら、警察が気の毒だろーが?」

たかがチームメイトと歩いているくらいで、なぜここまで大騒ぎができるのかと、半ば呆れ、半ば感心してしまう。

「市民の安全を守るのが警察でしょ!?今、及川さんの心の平和が乱れてるっていうのに、働かないとかあり得ない!」

それでも友人は頑なに屁理屈を貫き、今にも通報してしまいそうなので、やむなく携帯を取り上げた。

「何すんの、岩ちゃん!?」
「とりあえず、深呼吸しろ。でっかいのを一発な」
「え……今、一発って言った?言ったよね?あの眼鏡君、俺のより大きいのかな!?」

これは何を言っても無駄だと悟った。
今の及川は完全に動転しきってしまい、こちらがどれほどクールダウンしろと言ったところで、全く別の解釈をして自滅するパターンに陥っているように思う。

「オメーの頭ん中、かち割って見てみてーもんだな。んじゃ、アイツらの尾行でもすっか?」
「今ナカって言った?ダメだよ、飛雄の穴は及川さんのモノなんだし、尾行してちょっとでもアヤシイ雰囲気を嗅ぎ付けたら、すぐに死守しないと!」

言うが早いか及川はもう駆け出している。
影山が絡むと思考がとんでもない方向に行ってしまうのは承知していたが、もはや口にしていいことと悪いことの判別もつかないのかと思うと、とても不憫に思えてならなかった。





一方及川をこれでもかと言わんばかりに煽っている自覚が全くない影山は、突然月島に相談したいことがあると言われ、少々どころかかなり戸惑っていた。
そもそも月島とはさして仲がいい方ではなく、こうして連れ立って歩いていることに抵抗感すら覚える始末だ。
それは相手も同じらしく、相談の類は影山の家に着くまで口にしないつもりのようだ。
まあそれはいいとしても、今日は何か予定があって、居残り練習をせずに帰宅しているような記憶がある。
月島云々でないことは確かだが、一体どんな予定だったのかと、少ない容量の脳みそでもって思い出そうとしていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ