中編

□言いたくて、言われたくて
1ページ/4ページ

高校2年生になってから、自分を取り巻く環境が変わったような気がする。
具体的に何が変化したのか、春から秋を過ぎる頃まで言葉にできなかった。
それはきっと、変化したと過去形で言い切ってしまうより、変化しつつあるという現在進行形の過程の中にいたからなのかもしれない。
だが冬休みに入り部活自体が休みに突入した今なら、何が変わったのかをちゃんと説明できる。

「初めてなのか……」

ロードワークの折り返し地点に差し掛かり、小休憩をしようと川辺まで辿り着いた影山は、「待てよ!」と喚きつつ追ってくる日向の声をやり過ごし、ゆらめく水面を視界に入れた。

「出会ってから、初めてだから……なんか違うのか……」
「オイ!影山!」

ようやく日向が隣に辿り着くと、影山はうるさいとばかりに横目で睨み付ける。

「な、なんだよ!?ケンカすんのか、コラ!?」
「……お前、悩みなさそうで羨ましい」
「はあ!?おれにだって悩みあるよ!身長欲しい!でっかくなりてー!巧くなりてー!」
「バレーばっかじゃねーか、威張んなよ」

バレー漬けの日々、バレーのことしか考えない生活は、影山にとっても当たり前のことだった。
もしかしたら隣で喚く日向よりも、日常生活にバレーを溶け込ませていたかもしれない。
そんな生活が春からずっと違っていたということが、今であればよく分かる。
何が違うのか、どうして違和感を覚えるのか、どんなに考えても導き出せなかった回答は、影山自身ですら意外だと思うところにあったのだ。

「影山クンは、バレー以外の悩みがあるんですか!?」
「……なかった」
「過去形かよ!?」

問われて小さく頷き、再び水面に視線を落とす。
違和感の正体は、及川と出会ってから初めて及川が近くにいない冬を過ごすということだった。
きっと春も夏も秋も、無自覚のままにそう考えていたのかもしれないが、心の中で言葉にならず、悶々としながら過ごしてきたように感じている。

「あ、そう言えば、お前のLINE、知りたがってる子いるって!」
「は……?」
「ホンット、お前って自覚ないのな?女子から人気集めてんのに、勿体ねーの。大王様にモテてる時のファンサービスの仕方とか教えてもらってねーの?」

よりにもよって及川のことを考えている時に、本人の存在を匂わせるような発言をするのだから、いくら何も知らないとはいえ少々この小さな相棒が憎たらしく思える。

「つーか、影山ってマジで大王様に何も教えてもらえなかったんだな?」
「まーな」
「教えてって頼まなかったの?」
「しつこいって怒られるくらい頼んだけど、相手にされなかった」

あまりに寂しそうな横顔を見せる影山を見て、日向は目を瞬かせる。
敵ブロックを欺けなかった時、攻撃が狙い通りに決まらなかった時、試合に負けた時、差し掛かる場面によって影山の表情が違うことは知っているが、今目にしている顔は日向の知らないそれだった。

「あ、えっと……そうだ、LINE!教えてやってもいい?」
「そういうの、やってねーんだよ」
「はぁ!?バカですか!?今時LINEやってないとか、天然記念物ですか!?」
「……そうかもな」

てっきり怒られるものだとばかりに身構えていた日向は、またもや肩透かしを食らう。
本当に今日の影山は一体何がどうなっているのだろう。
珍しく日向をロードワークに誘ったかと思えばあり得ない速度で走り、唐突に足を止めてじっと川を見下ろしている。

「なあ、何かあったのか?」

影山が遠くに感じてそんな問いかけをしてみるが、相手は返事もせずに再び走り出す。

「あ!オイ、影山!!!」

足を止めると苦しくて、走っていると安心できるのはなぜなのだろう。
本来は逆のはずなのに、今の影山は動いていないと落ち着かない。
東京の大学へ進学し、それきり会うことも連絡をとりあうこともないあの先輩の顔ばかりを思い出す。

「か、影山!LINE……やろうぜ……って!!!」

日向の声がどこか遠くに聞こえる。
LINEのことはもちろん知っており、やっていない生徒の方が少ないのだと承知してもいる。
だがスマホにインストールしてしまったら、なぜか及川からの連絡を待ってしまいそうで怖い。
更に期待をすればことごとく裏切られてきたという過去をも、思い出してしまいそうだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ