【桜魔ヶ刻々生命線】

□五.『延命治療 前編』
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――その頃、咲也は二階にある研究室に向かっていた。
八戒を目覚めさせるための薬を調合する為だ。
中に入ると、この男にしては随分と整理されていて、何処に何が置いてあるかはっきりと分かる。
咲也は、机にたたんであった白衣を着る。

「まずは材料でもそろえるか」

彼は、いつもはこの研究室に入り浸り、ある研究を続けていた。
それは…あの夢蜘蛛の言っていた『夜』を食い止めるための研究だ。
しかしそれは何年たっても解決するものではなかった。
一つの研究に失敗するたびに、彼は、自分の『大切なもの』を生贄に差し出すしかなかった。

「彼が目覚めてさえくれれば…」

三蔵の腕に抱かれた八戒の姿を見たとき、彼は確信した。

――猪八戒は、『あいつ』と同様に選ばれた。
彼なら、この桃源郷を救うことが出来る。
『あいつ』の代わりに――。

いそいそと薬品を棚から取り出す。
調合する分量も、きっちり抜かりなく量る。
それらを揃えると、彼は白衣のポケットからある液体を取り出した。
それは青く、どろっとした液体。
どうやらそれが重要な成分なのだろう。


「もうすぐ助かるんだ…まってろ」

「あっ…そういえば、三蔵さん達には言ってなかったなー」


――『天使型』の血液は、時間が経つと青くなるって事。



「ぜぇ、ぜぇ…待てよ千速!」
「ガキだからって…速ぇにも程があるだろ…」

悟空と悟浄の息が切れ切れなのは、千速と成り行きで『鬼ごっこ』をしていたからだ。
かれこれ30分経つが、千速のスピードは衰えず、二人は苦戦しているようだ。
当の本人は、全く疲れていない様子。

「何でそんなに速ぇーんだ…」
「…俺の特技は、走ることです」
「本気だとどのくれぇ速くできんだ?」

悟浄が尋ねると、千速は「パン!」、と手を叩いた。

「…この音の…『1000万倍』です」
「1000万倍!?」
「疲れるので『100万倍』までしかしないですが…」
「てことは音速かよ!」
「天使型の…俺固有の能力だと。もっと速い奴も…いますから」

どうりで誰もついて来れないわけだ。
千速の能力の高さで一番秀でているのは、『音速』だろう。

「てことは…喧嘩も強かったりする?」
「ウォーミングアップとか出来る程度はやれんじゃない?」

後先知らぬ二人は彼に対戦相手を頼んだ。
…まさか圧倒的にぶっ潰されるとは知らずに。

「良いですよ…その代わり…」
「何?」
「兄さんみたいに手加減しねぇから!」
「…口調が変わった!?」
「食事の時間だぜ…『相棒』!!」



――その頃三蔵は、八戒の眠る部屋でひとり、眠り続ける八戒を看ていた。
八戒の寝顔は綺麗だ。戎を愛しているにもかかわらず、この綺麗な男に見惚れている。

「…浅はかだな、俺は」

――二人の人間に恋着がつく事など、馬鹿な話だ。
二人とも護れなかったくせして、俺は何を考えている?


「……ぞ…」
「…八戒!?」

様子を見やると、確かに八戒は言葉を発した。
三蔵は声をかける。

「八戒!起きろ!!」
「う、ん…?」

八戒はゆっくりと目を細く開ける。
三蔵の様子を見て、安堵したかのように笑んだ。

「よか…った…」
「全然良くねぇよ…余計なことしやがって」
「……ほかの…は…」
「…無事だ」
「…あ……つつ…は…?」


八戒は何かをうわ言の様に呟いた。
それは、上手く聞き取れずに。

「何だ…?」
「み…きね………が…」
「……?」
「さ、ぞ…ごめ…ぼ、く」
「八戒?どうした…」
「え…り……に…ら…け……っあ!」


何かを言い終わろうとした後、八戒は身体を心臓の鼓動にあわせて大きく跳ねた。
その眼は恐怖に震えていた。

「い…あ、あぁぁあ゛あ゛ああ!!」
「八戒!!」

起き上がり、暴れだす八戒を、三蔵はベッドに押さえつける。

「うあ゛あぁあぁぁあぁっ!!」
「しっかりしろ!」

しばらく押さえつけていると、八戒は動かなくなった。
起き上がると、また死んだように眠っている。

「八戒…」

三蔵は、今の八戒の様子に困惑した。
こんなに暴れる八戒を、今までに見たことが無かった。


――お前の中に何がいる?
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