【桜魔ヶ刻々生命線】

□序. 『うつつの夢にて』
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気付けば、俺は荒野に突っ立っていた。
あたりには何も無く、悟空たちの姿さえない。何もかもが、冴え冴えとしていた。


「チッ、どこだ…ここは」


だが、ここを動いてあいつらを探すのは面倒だ。
地にしゃがみこみ、夜空を見上げる。
夜空には、吸い込まれるような満天の星が輝いていた。

そのとき、夜空から何かが、否、何者かが俺の目の前に降りてきた。
その姿は、暗く見えないものの、どこぞの世界からやってきた精霊かその類のように美しい。


「てめぇ…何者だ?」

「……、…………」


何かを喋っている様だが、どうやら声が出ないらしい。


「…もう少しゆっくり話せ。唇を読んでやる」


そういうと、奴はそれに素直に従い、ゆっくりと口を開き始めた。


『三蔵、僕です』
「……?」
『忘れたのですか…?寂しいなぁ』
「………!」


思い出した。俺は、この男を知っている。むしろ、この男を愛していた。
…そして今も。

こいつの名は、


「……翡翠石の戎(ひすいせきのかい)…」


『やっと思い出してくださいましたね。ひどいですよ?こんなに、貴方を思っているのに…』
「…戎っ」


柄にも無く、戎に飛びつき、思い切り抱きしめる。
その身体は、氷のように冷たい。


「すまなかった…忘れてたわけじゃない」
『忘れていましたよ。完全に』
「戎…てめぇに、会いたかった」
『…僕も…』



『ですが、まだ貴方のお傍にいることは出来ません』


戎はそういうと、ドン、と、俺を思い切り突き飛ばした。
愛しい男の行動に、呆然とした。


「何故だ…戎」
『貴方は、"今の僕"を愛していないからです』
「何だと…」
『だから、貴方には、
 僕の声が聞こえない。
 僕の体温が分からない。
 …僕の姿が見えない』
「戎…お前が何を言ってるか分からん」


だがすぐ理解は出来た。
戎の声、体温、その姿かたちが、どうしても思い出せない。
それが目の前にありながら、姿は霧のように捉えることが出来ない。


『貴方の記憶が、抜けているからです』
「…どうやれば思い出せる?」
『"貴方の精神の一部"が…記憶を所持しています。それを見つければ…』
「思い出せるのか」
『はい…それを見つければ、僕が今どういう名を名乗り、どこで何をしているか…すぐに分かります』
「…わかった。必ず見つけ出す」


そう言った時、戎の姿がだんだんと透けてゆくのが分かった。


「戎!」
『僕はいつでも、貴方のお傍にいますよ』


戎はそう言い、俺の頭をなでた。


『いい子、いい子…』
「…俺はもうガキじゃねぇぞ」
『でも、好きでしょう?』
「……あぁ」
『会えたら、またこうしてあげますから…』


お互いに薄れゆく意識の中、戎はわずかに微笑み、最後に口にした。



『好き、大好き、三蔵…愛してる』



そして、愛しい男は消えた。


…この馬鹿が。
また自分だけ言いたい事言って、消えやがって。


俺はまだ、お前に『好き』どころか、『愛してる』だなんて、一度も言ってねぇんだぞ。


続。

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