【桜魔ヶ刻々生命線】

□二.『恋哀歌 後編』
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俺は戎を好きになってしまった。
その想いは消さねばならない。
伝えてしまっては、俺と戎の関係は壊れてしまう。
だが消そうと思えば思うほど、戎に対する想いは日に日に増すのだ。

他の僧侶から畏怖されている俺と違い、戎は周りから慕われ、誰からも好かれる存在だった。
ある時は、他の僧侶達との会話に。

「戎、お前、本当にいい奴だな」
「…そうで、すか?」
「そうだろ。いつも笑顔で穏やかだ」

――それは俺だけの笑顔だったのに。

またある時は、あの『鳥哭三蔵』が、師に会いにやってきたとき。

「…ねぇ、光明?」
「何です?」
「あのコさ、いい子だね」
「でしょう?江流もここの僧侶達も、彼を慕っているんですよ」
「だよね、『翡翠石の戎』って言われる位なだけあるよね…あの目」
「…あの"目"?」
「人を殺したことがある目だ」
「……烏哭?」
「ねぇ光明。あのコをくれない?」
「お断りしますよ」
「何で?」
「烏哭に渡したら彼が汚れてしまいそうで」
「…勘がいいねぇ」

――あんな奴に汚されてたまるか。

またある時は、『烏哭三蔵』の傍らにいた、あの『カミサマ』が戎に近づいた時。

「君、名前は…?」
「…戎、です」
「へぇー…綺麗な顔してるね」
「…そう、ですか…?」
「君さ、先生の弟子になってよ」
「え…?」
「僕も先生も、君が欲しいんだ。僕と先生だけのものになってよ」

――俺のものに触れるな。

「戎に近づくな!!」
「江流様…?」
「うっわ、相変わらずひどいね。じゃ、またね」
「…どうしたんです…江流様?」
「…なんでもない!」


…そしてある時は、師と戎、二人だけの時。

「戎、調子はどうですか?」
「はい、順調です…」
「…あまり無理をしないで下さいね」
「大丈夫です…気になさらずに」
「気にしますよ、貴方なんですから」
「こ、光明、様…?」

師は、いつも戎を妙に気にかけていた。
具合はどうだとか、外に出掛けないかだとか。
それが一番気に食わなかった。
もしかしたら師も、戎に恋着があるのではないか。
そう思い、片時も目を離さずにいた。
それはある満月の夜、確信に変わった。

探していると、寺の裏で二人を見かけた。
また何の話をしているのか…。
こっそり隠れて見ていると、突然師が戎を強く抱きしめた。

「あっ…や、光明さ、何で?」
「好きですよ、戎」
「…で、でも、僕は、他に」
「分かってますよ、だからせめて…こうさせてください」
「光明様……」
「貴方の存在を、感じさせてくださいね」
「……は……い…」


その光景に、脳内の思考回路が停止した。
どうして。どうして。どうして。
どうして皆、戎を好きになるんだ。
許せない、何もかも許せない。

――俺が先に好きになったのに。


…そして俺が13歳のとき。
俺が『三蔵法師』の称号を継ぎ、『聖天経文』と『魔天経文』の継承者となる日が来た。

俺は師に問いかけた。

「…あの、和尚様」
「何です?」
「どうして戎に『三蔵法師』の名を与えないのですか?経文は二つあります。片方を戎に与えても良いのでは…」

俺も戎も、選ばれし者の証『チャクラ』が額に表れていた。
それに…師は戎に恋着があった。
だから戎が『三蔵法師』の称号を与えられるのは当然だったはずなのだが。

「…戎が言ったんですよ」
「何をです?」
「『僕は良いから、江流様に跡を継がせてあげて下さい』…とね」
「戎が…?」
「戎は貴方を慕っていましたからね」


…嗚呼、あいつはいつもそうだった。
俺から片時も離れずにいて、殺生をしてまで俺を護ってくれた。
「いい子、いい子」なんて言って、俺の頭を撫でてくれた。
…あいつは俺をいつだって、慕って…。

「戎の部屋に行ってあげなさい」
「和尚様…」
「私はもう伝えました。貴方も、自分の気持ちを伝えてください」

俺は戎の元へと駆け出した。
この想いはたとえ死んでも消えはしないのだろう。
だから今のうちに、けじめをつけねばならない。


「――戎っ!!」
「…こ、江流様?」
「…俺に三蔵を継がせるように頼んだのか」
「はい…だってあなたは、僕の恩人なんですから」
「恩人?」
「もしあなたに会えずにいたら、僕はあのまま牢の中で暮らしていたでしょう。あなたは僕を外へ連れ出してくれた…それだけでもう十分なんです」

そういって戎は微笑む。
この笑顔は、この俺が先に見つけたものだ。
…誰にも渡したくなかった。

「…えっ…」

俺は思わず戎に飛びついた。
戎はその反動で、押し倒された状態になった。
そして溜めていたとばかりに、俺は戎に優しく口づけをした。

「……んぅ…」
「…戎、お前とずっとこうしたかった」
「…はぁ…っ江流、様…?」
「俺は、お前が欲しかったんだ…」

戎が俺の頬に手を添える。
どうやら俺は泣いているらしい。

「江流様…僕は」
「戎、俺のこの想いを、忘れないでくれ」
「……僕は…」
「…すまなかった」

俺は立ち上がり、戎の部屋を出て行った。
途中、「待って」と呼び止められたが、俺は足を止めなかった。

…涙は溢れ続けた。



その後は知っての通り。
三蔵法師の称号を継いだ直後、師を目前で殺害され、「聖天経文」も持ち去られ。
俺は経文と師の仇を探すために、逃げるように「金山寺」を出た。
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