【少年未来大革命論】

□3.『父が望む作品に』
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焼けた廃屋が見えなくなる距離まで行くと、父は足を止め、頭上を見上げた。
それにつられてオレも空を見上げると、真っ黒な円盤のような物体が浮かんでいるのが分かった。

「あの上には…私の作った町がある」
「まち?」
「お前はあの町で暮らすと良い」
「おとうさまは?」
「…時々は会いに行く」

抱き上げたオレの頭を、父は優しく撫でる。
撫でられるという初めての感覚に、オレは戸惑った。
――空中に浮かぶ町『パンドラ』。
後に父から、その名を教えてもらった。
オレは父にたくさんの事を教えてもらいながら、パンドラで暮らすことになる。

「おとうさま、ふたごのコ、は?」
「別の場所に暮らしている」
「そのコのおとうさまも、おとうさま?」
「……そうだ」
「じゃあ、おれはおとうとだね」

双子の弟の友達も、命を保障されていた事は何よりも安心だった。

――不意に、父とオレの身体が宙に浮かぶ。
そして一瞬のうちに、パンドラの上まで行く事ができた。
…そこは草花に溢れ、まるで庭園のようだった。
その庭園の中央に、大きな屋敷が見える。
父は指を刺し、「あれがお前の住む家だ」と教えてくれた。

中に入ると殺風景だが、どの部屋も広く気品漂っている。
特に書庫には天井にまで本がつめられていて、まるで世界中の事を、この書庫内で知り尽くせそうなほどだ。

「うわぁ………!!」

オレはその宝の山のような光景に、思わず歓喜の声を漏らす。
父はその様子を見て、こう言った。

「お前にはここで、全ての事をやりこなしてもらう」
「やりこなす?」
「そう、頭脳面、体力面、美的センス…その他全てを“完璧”に」

お前には完璧な存在になって欲しい、と父。
オレはその言葉に、一つ返事で答えた。

貴方が救った…否、掬ったこの命。
それが貴方のお望みとあらば、喜んで引き受けよう。
貴方の為に、完璧になろう。


――それからオレは、必死になって勉強した。
それから、たくさんたくさん身体も鍛えた。音楽も、絵も、歌も、何でもやった。
…でも一つだけ、出来ない事がある。

「お父さま、コレは?」
「…これはサッカーだ」
「オレもやってみたいです」
「…それだけは許さん」

屋敷にある大きなテレビで、サッカーというものの映像が流れていた。
時折、様子を見に来る父がよく見ている。
それは見ていてとても楽しそうで、オレは何度かやってみたい、とせがんだ。
けれど何度言っても、させてはくれなかった。

「…ってコトなんだ、先生」
「あらまぁ……頑固な父親ね」
「どうしてお父さまはオレにサッカーをさせてくれないの?」

オレが『先生』と呼ぶこの女性は、オレに勉強を教えてくれる父の部下だ。
『眼堂 有紗』と名乗る彼女は、オレの母親代わりでもあり、良き理解者でもある。
彼女なら、何か知ってるかもしれないと思った。

「そうね…アナタはパンドラで暮らしてから三年経つわね」
「うん…」
「教えてあげるわ、零治様の隠し事」

眼堂先生は、俺の分かりやすいように、父の隠し事を説明してくれた。

――父が幼い頃、サッカー界から落ちぶれ、行方をくらませた己の父を見て、サッカーを憎むようになった。
いつかはそのサッカーで復習を成し遂げようと、あらゆる卑怯な手を使い、サッカー界をのし上がってきた。
そんな時、父は地上である少年と出会い、その少年を『自分の完璧な最高傑作』にしようと、サッカーを教えているらしい。

その少年の名は――『鬼道 有人』。

時が来たらその少年を使い、『帝国学園』という場所でサッカー部の監督を務めるそうだ。

「…何で、」

何でオレにはサッカーを教えてくれないの?
何でオレじゃなくて鬼道って奴なの?
オレが完璧な作品じゃ駄目なの?
色んな言葉が脳内で渦巻いて、言葉に出てこない。
それに気づいた眼堂先生は、オレにこう伝えてくれた。

「サッカーを憎んでいるから…よ」
「…憎んでる?」
「その憎んでいるものを…アナタにだけは教えたくなかったんだと思うわ」

――オレだって分からないわけじゃない。
言葉でも、行動でも伝わりづらい、父の優しさ。
自分が憎んでいるものを見せたくないのも、教えたくないのも分かるけど。

でも俺は知ってる。過去の事で、貴方が一人で苦しんでいる姿を。
その姿を見てると居た堪れない。
それを分けてもらえない寂しさと、サッカーを教えてもらえない悔しさと。
地上でのあなたを知れない悲しさと、そして。
『傑作』として父に鍛えられている…『鬼道』という少年への嫉妬。

嗚呼、もっともっと完璧になりたい。
そしたらきっと貴方を苦しませる事も、悲しませる事もないだろうな。

『貴方の望んだ作品になれば、』

『貴方の心が読めたなら。』
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