【桜魔ヶ刻々生命線】

□二.『恋哀歌 後編』
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寺から出ると、そこには戎がいた。
…呼び止める様子ではないようだ。

「江流様…」
「…お別れだ、戎」

そう言い放ち、戎を横切る。
お互いに、振り返りはしなかった。
…戎の言葉を聞くまでは。

「江流様、これだけは言わせてください」
「何だ」
「…ありがとうございます」


「僕もあなたが好きでした」

その言葉に思わず振り返る。
戎は背を向けたままだ。

「…どうかご無事で、『三蔵法師様』」

戎はそう言った後、寺の中へと戻っていく。
少しでも妖怪達の足止めをしようと。

…なんつー報われない話だろうか。
こんなに想いは通じ合っていたのに。
俺が『三蔵』でなく、普通の子供であったなら、歳の差はあっても俺達は。

俺は泣きながら走った。
戎の言葉がこびりついて離れない。


「…何でだ…なんで俺が…」


――『三蔵』なんだよ!!


…それから俺は旅を続けて4年後、長安の慶雲寺に留まり、寺主をすることとなった。
三仏神に仇と経文の手掛かりを探してもらう代わりに、様々な雑務も請け負った。
…退屈だが仕方がない。
そんなある日のこと、僧侶達の間で話題になっている、妙な噂をを耳にした。

「この辺りに変わった妖怪がいるらしいぞ」
「どんな奴だ?」
「それが随分と社交的な妖怪らしい」
「あぁ、その話なら聞いたぞ。子供をめぐって、他の妖怪共とやり合ったらしいな」
「で、その子供は無事に帰ったらしいな」
「妖怪が全員そういった奴なら良いけどな」

――確かに今時にしては珍しい奴だな。

そいつは何処にいる、と手当たり次第に尋ねると、どうやらある森の中の泉近くで見かけるらしい。
終わらん雑務などにも飽きたところだ。
今夜にでも興味本位で会いに行くことにした。

深夜。深い森を抜けると、奥に泉があった。
そして確かにそこには、噂の妖怪がたたずんでいた。
妖怪の特徴である長い爪と耳。
…しかしその面影は、どこぞの誰かに似ていた。

「…テメェが噂の妖怪とやらか」
「!!!」

妖怪はその声に振り向いた。
その姿に、俺は驚愕した。

今の俺に記憶はあまりないが覚えている。
これだけははっきりと。
その顔は、自分が恋着を抱いてしまった、あの男と瓜二つだった。


「……戎…!?」
「っ…江流様…」


妖怪は俺のかつての名を呼んだ。
間違いない、この妖怪は…『戎』だ。
額にはチャクラがある。
だが何故…そんな姿に?
しかも…4年前と、否、出会ったときとほとんど歳をとっていない。
戎は…人間だったはずだ。
戎はその場から立ち去ろうとするが、俺はその足を引きとめた。

「待て、戎」
「嫌、嫌あぁ!見ないで、江流様!!」
「落ち着け、何故お前が此処にいる…いや、まず何故その姿に…?」

その目には涙が浮かんでいた。
庇護欲をそそられ、強く抱きしめた。
…自分が成長しなければ分からなかった。
戎の身体がこんなに痩せ細っていることなど。

落ち着いた戎に、一つ一つ尋ねた。

「金山寺はどうなった」
「…妖怪達に焼き払われました…」
「…他の奴らは…?」
「分かりません…死んだ者もいれば、行方知れずの者もいるでしょう…」
「…戎、お前は何故此処に?」
「……あなたがご無事なのか…心配になって」

相変わらずこの男は。何一つ変わってはいない。
今も昔も、俺の身を案じている。
まさかその想いだけで、此処まで追いかけてきたというのか…。
そして、一番気になっていることを問うた。


「その姿は…一体どういうことだ」


戎はしばらく俯いた後、俺を見つめた。
そして全てを吐き出すように答えた。


「あなたには、ずっとお話できませんでした」


僕はかつて『人間』でした。
ですが、ある理由で妖怪を憎むあまり、『妖怪』になってしまったんです。
その後、僕はある場所で殺生をしました。そこではどんな理由でも、殺生はご法度でした。
だから僕は、あの岩山に閉じ込められていたんです。僕は…罪人なんです。
それから何百年もして…あなたに救っていただきました。
覚えていますか?あなたか妖怪に襲われたときの事…。
自分の命を差し出してでも、あなたを護りたかった。
だからあなたを庇い、逃がした後、
自分の封印を解いて、『妖怪』として戦いました。
そして再び封印した直後に…お二人がやってきました。あの時の僕の顔、別人だったでしょう?
光明様は僕が妖怪だと知っていました。
…僕を『三蔵』にしなかった本当の理由は、きっと僕が妖怪だったからです。


「…あなたをずっと騙していたんです」

長々と話を終えると、戎は再び俯いた。
戎の悲しみを分かっていた。
俺は気付いていない振りをした。
…違う、気付きたくはなかっただけだ。

「…今まですまなかった」
「江流様…いえ、三蔵、様…」
「……今は、泣け」
「っ…ひっ、うあぁ、ぁぁっ…!」

戎は今まで溜めていたかのように泣いた。
俺の背にすがりつき、いつまでも泣きじゃくった。


…俺は戎を強く抱きしめた。
この哀れで愛おしい男を、二度と放すまいと。
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