【境界ドールSTILL】

□01:悲しい事
2ページ/4ページ

休暇の前日の夜。
ヤイバは自分が住むマンションに、俺を案内してくれた。
色々と予想はしていたが、外見を見ただけでもかなりの高級マンションだ。唖然とする。

「…此処の最上階の端が俺の家だ」
「(本物のお坊ちゃまじゃねーかコイツ…)」
「行くぞ」
「あ、あぁ…」

…最上階に上がり、家に上がってみると、広い部屋とは裏腹に、質素で、必要最低限のものしか置いていない。
しかし、それもヤイバらしい。

「…あんまり家具とか…ねーな」
「ああ…価値があっても重たく感じれば、必要はない」
「ま、そりゃそーだな」

俺たちは一言ずつで、あまり会話をしない仲。
けれど両親の事故死から、少しずつ。
会話は増えていった。
相変わらず、お互いに口悪く、生意気でそっけない形だけれど。

「荷物はそのベッドの上に投げておけ」
「ああ…(このクイーンサイズの上に?)」
「…初めて見た様な顔だな」
「持つわけねーよ、こんな高価なモン」


――夜という事もあって、俺は夕食を作ってあげた。
ある程度の料理は作れる。ヤイバの口に合うものであるかは別として。

「…意外に得意なのか」
「あ?」
「……悪くない」


――相変わらず、ヤイバは可愛げがない。
素直に感想を言っても良いものを。
ただ、ヤイバがフッと笑んだ顔を見て、美味しかったかどうかは言うまでもない。

夕食の片付けの後、ヤイバに風呂に入るよう促され、俺はシャワーを浴び、湯船につかる。
湯船の中で俺は、ヤイバの自分に対する『優しさ』に、ほだされていた。

――けどこれ以上、迷惑掛けるわけにはいかねーよ。
『俺は平気だ』って、一応言っとこう。じゃねーと、駄目な気がする。
そう、心の中で呟いて、目を閉じた。



…瞬間。

まぶたの中で広がる――鮮血。

ハッ、と目を開けると。



湯船には溢れるほどの血が――。


「――あ…うわああああああっ――!!!」


恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖――
混乱のまま、悲鳴を上げたとき。


「――シロウっ!?」


バスルームに駆けつけたヤイバの声で、我に返る。
目の前には血なんて、ない――。

「…シロウ」
「だ、大丈夫だって、気のせい…」

そう言った筈なのに、ヤイバは俺の顔を、心配そうにじっと見ている。
まさか、青ざめた表情にでもなってんのか…?

「…そろそろ上がれ」
「………あぁ」


* * *


風呂から上がり、着替えてベッドに横になる。
あれは一体なんだっただろうか。


…あぁそうだ、思い出した。
事故で、俺が意識を失う、直前。
目の前で、車がぶつかって、それから。
ガラスが割れて、何かが潰れる音がして。
グチャリって、何かが潰れる、音が、して。
その、直後に、俺の、顔に。
血が、いっぱい、いっぱい――。


「…――――――ッッ!!!!」


浮かび上がる光景に、身体が震えて。
衝撃のあまり、言葉も出なかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ