Call me MUFFIN.

□「I don’t care…」
1ページ/1ページ

(スタン 過去)

どうでもいい、は俺の口癖。

4th grade(小学四年生)になった俺達は、ありあまるパワーを持て余していた。退屈すぎる日々の中で、何をするにも乱暴で適当で程よくなんて分からない。その上毎日が同じ事の繰り返しで、子供ながらにこのまま大人になるのは嫌だ、なんてバスの中でずっと考えている。

そしてこの頃の俺は、ウェンディ以外の事が至極どうでもよかった。
どうでもいいし、誰が何を言おうと何も面白くないのだ。笑える瞬間でさえ、その一瞬の時間。冷たい性格も相まってか、友達より女を優先するのかよって、何度言われたことか。
酷く気に食わない。ウェンディを優先して何が悪い。彼女は俺の大切な人だ。彼女と過ごす時間にのみ、生きた心地を感じる。血が体内を巡るのだ。
でもそれは少しばかり大袈裟過ぎたのかもしれない。

「XXです、よろしく」

そう、彼女と出会うまでは。

………

朝っぱらからケニーが鼻息荒くして教室に飛び込んできたのが、その日の始まり。オレンジ色の塊が目に余り、俺は落ち着けと彼を宥めた。隣で本を読んでいたカイルが厭そうな顔でこちらを見る。

「…朝から五月蝿いよ、ケニー」

一言呟いてまた目を逸らし、足を組んだまま熱心にページをめくる彼。本のタイトルは『クトゥルフ神話の……』みたいな、分厚い変な本。

「何があったんだよ」

教室の時計を眺めながら、俺はケニーに尋ねた。それでも、もうすぐでウェンディが来る時間だと、話し出すケニーをそっちのけで廊下に視線を移す。

「ーーーーーー!」

ケニーの大きな声が聞こえて、俺はふと彼に目線を戻した。

「転校生?」

「ーーーー!」

「このクラス?」

「ーーーーーーー!」

ギャリソン先生と話していたのを見たと騒ぐケニー。

「男?女?」

すぐそばでプロレスをしていたカートマンとバターズが話に割り込んできた。ケニーは嬉しそうに彼等を振り返って笑う。聞かなくても表情を見れば分かる、きっと女だ。

「女かよ、くっだらねぇ!」

バターズの首に腕を回したカートマンが一際デカイ声を上げた。カイルが不満気な表情で彼を睨むと、カートマンの腹と腕に挟まれたバターズが苦しそうにヘラヘラと笑う。

「女の子だと、プロレス出来ないねぇ」

「あいつら、くだらないお喋りしかすることねぇからな」

「女の子だもんね」

「あーあ、つまんねぇなぁ」

早くも興味が無くなったのか、プロレスの続きを始めたカートマン達。

「ま、別にどっちでもいいんじゃない」

俺は机に頬杖をついてため息を吐いた。途端に、ケニーがもの凄い力で机をバーンと叩く。ふっと静かになる教室。

「……」

カイルが驚いた顔でこちらを見た瞬間、ケニーは教室に響き渡る程の声で叫んだ。

「ーーーー!」

美人なんだ!確かにそう聞こえた。
数人の男子生徒がこちらを見た筈。いや、多分女子も。

「え?マジ?」

教室の何処からか声がした。

「美人って、どれぐらい?」

真っ先に尋ねたのは不機嫌そうな顔をしたベーベ。前髪を掻き分ける仕草は、彼女を年相応に見せない。
相変わらずテンションが異常な、ケニーの振り上げた人差し指が天を高く差す。学年一番だと言いたいらしい。指の先を見上げたカイルが本のページをめくりながら呟いた。

「…ケニーは女なら誰でもいいからね、アテになんないよ」

低い声にケニーがそんなことないよと怒るも、”それもそうだ”と、一瞬教室が一つになりかけた時。ガラッと教室の扉が開いた。

「はい着席!着席〜!」

ギャリソン先生が来た。俺達は話を中断して各自席に戻る。教卓に名簿を置いた先生は教室の外に手招きする。「あ、転校生だ」って少しばかり緊張の走った室内で俺はこの時、「ウェンディがまだ来てない」と、なんとなくソワソワしていた。

「さぁ、いらっしゃい」

ギャリソン先生の声に従うように、ドアをくぐり入って来たのは長い黒髪の女の子。微かに緊張した面持ちの彼女は、ギャリソン先生の手招きで教卓の隣に立った。

「…Dude」

思わずそう言ってしまった。
ああ!やっぱり女かよ!近くでカートマンがそう呟いた声が聞こえたけど、それ以前の問題。別に期待してたわけじゃないけど、なんか思っていたのと違う。学年一番とか言うから、もっとこうキリッとした子が入ってきて……、なんて思わず溜息を吐いた。そんな俺達の心中なんて知る由もないギャリソン先生は、目の前に居る黒髪の女の子を紹介する。

「彼女は日本から来た日本人です。色々あってこちらに来ました。感覚も君達とは違いますが、仲良くしてあげてください」

「XXです。よろしく」

無表情のまま小さく頭を下げた彼女は、顔を上げてクラスのみんなを順に見渡した。

これが、美人?
俺等と比べて小さな鼻にお世辞にも大きいとは言えない切れ長の瞳。艶のある黒髪に、小柄で柔っこそうな身体。教科書で見た着物の女性と同じ、こっちの女達とは全く違った雰囲気を彼女はまとっていた。

「日本人だってよ、イルカが主食だ」

カートマンの言葉にクレイグがケラケラと笑った。またお喋りが増えるぜとカートマンが嫌味を言う。

「無駄にワクワクしてさ、この時間を返して欲しいぜ」

「…僕は嫌いじゃ無いけど」

バターズがそう呟く隣で、エキゾチックだとケニーがうっとりした顔をする。俺は眠気に勝てなくて欠伸を一つした。

「じゃあXX。あなたの席はそこだよ」

先生は彼女の席を指定する。その指の先にあったのは俺の隣だった。

「え?」

「スタンの隣、だってよ」

カイルが本から目を離さずに呟く。
いやいや、待て待て。俺の隣はウェンディの筈だと顔をしかめたが、すかさずギャリソン先生が言う。

「ウェンディが居ない間だけ、そこに座らせてあげてよ」

「……」

彼の言葉に頷きはしなかった。椅子にもたれて腕を組めば、彼女はウェンディの席にそっと腰掛ける。それを横目で眺めていれば、細い首筋に垂れる黒髪が、ウェンディの代理とでも言いたげに俺を誘った。

でも彼女はウェンディじゃない。ウェンディじゃない。

どうでもいい、もうどうでもいい。

きっと俺は、パワーが有り余ってる。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ