Call me MUFFIN.
□ビッチビッチビッチ
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「I have a splitting headache…」
頭が痛い、そう言って机に頭を伏せたのはベーベ。今にも死にそうな彼女の隣で、ウェンディは昨晩のお酒が嘘かのように涼しい顔をしてあたしに尋ねてくる。
「XXってば昨日どこ行ってたのよ」
「どこって…」
別に隠すつもりなどなかったのに、やましい気持ちがあったのかあたしは思わず口籠ってしまった。それを見て不思議そうな表情をしたウェンディ。机から顔を上げたベーベが「なによ」と目を細める。
「どこもなにも、ケニーに引っ張られて出てったじゃない」
「…出たけど」
「なら黙ってないでそう言えばいいでしょう」
「いや……まぁ、うん」
あたしは辺りを見渡す。まだ授業まで時間があるからか、教室はやけに騒がしかった。その中にカイル達は居ない。
「あの後、スタンとカイルが来たのよ。カイルがあなたの事探してて」
「え?」
クラブを出る間際に香ったあの知ってる香水をふと思い出す。思い返して背筋をゾクリとさせた。まさかあれはカイルのものだったのか?
「カイルが、あんたに似てる人とすれ違ったって言うから」
眠たそうに言ったベーベだが、あたしは目を丸くさせる。
「ちょ…言ったの?ケニーと出てったって!」
大きな声で叫べば、頭に響くと耳を両手で押さえたベーベは「事実でしょう」と呟いた。ウェンディが不思議そうにあたしに尋ねる。
「なんかあったの、怖い顔して」
「………」
黙り込むあたしをちゃかすように覗き込んだベーベ。
「まさか…あんたケニーと寝たの?」
「黙って、寝てないから」
睨むようにきつく言えば、静まり返る彼女たち。それでも教室内は、あたし達と正反対に騒がしい。
「……何怒ってるのよ」
金色の髪からチラリと覗くベーベの不信感がこもった瞳。目を逸らしたあたしは椅子にドンともたれ、髪をかきあげて溜息をついた。意味の無い八つ当たりをしているのは自分でもよく分かっている。
「…ごめん。あたしちょっと苛々しちゃってる」
「ねぇ、どうしたの?XX…」
ウェンディの細い指があたしの髪に触れた。彼女の指がクルクルと髪を巻けば、何故か途端に悲しくなる。
「もー、空気悪いー。ね、今夜もクラブ行くわよね」
途端にあたしは立ち上がった。ウェンディの指から髪が離れて、寝そべったままのベーベを見下ろす。教室に入ってくるカイル達の姿が見えた。
「行かない。あたしパス」
彼女から視線を逸らして、あたしは教室を飛び出す。すれ違うのはカイルとスタン。「なにあれ」ベーベの低い声が耳に残った。
上手くいかない。
一つ上手くいかなくなると、全部上手くいかなくなる。
なら、もうどうでもいい。
「Fuck!!」
あたしの声は空虚なテラスに響き空に混じって消えた。最早泣く気力すらも湧いてこない。
「きったねぇ言葉使うなよ」
こだまのように聞こえた声に、あたしは後ろを振り返った。
「…カートマン」
ボテッとした体型がベンチに腰掛け、タプタプと揺れてあたしを笑う。小学生を卒業してからは、滅多に話す事の無くなっていた彼。同じクラスだと言うのに、久しぶりに顔を見た気がした。きっと、彼の事を意識して視界に入れた事が無い。
「授業始まってるぜ」
「どっか行け」
「いや、先にオイラがここにいたんだ。あんたがどっか行け」
「………」
いちいち口が立つなと眉を顰めれば、彼は思い出したように柔和な表情をしてみせる。
「嘘だって。ここ座れよ」
「……」
トントンと隣を指差すカートマンだが、黙り込むあたしは彼の前に突っ立っていた。
「変な顔して何があった」
気にする様子もなく聞いてくる彼はあたしに優しい…らしい。「カートマンはXXにだけ紳士」いつかレッドがそう言ってたことを思い出す。
「…カートマンに言ったところで解決しないわ」
「それは聞かないと分かんねぇよ」
「そうね…でもあなたに言うメリットって?」
「まぁ少しでも気が楽になればいいだろ」
「………」
考えたあたしは少しばかり間をおいた後、おそらく違うと頭を振った。
「やっぱりカートマンには関係ないわ」
そっぽを向いたあたし。すると彼はなんでも無いような表情をして背もたれに体を預けた。ギシリと音を立てるベンチ。
「関わりさえ持たなければ何事だって関係ないさ。ただこのタイミングで会えた事で関係が作られるだけ」
「なによ…。宗教チックな事言うのね」
「いいや、無理にとは言わないぜ?話したくないのなら大丈夫だ」
全くこの男は。「本当に口が上手いのね」そう言って隣に腰掛けると、彼は照れたように口元を緩める。
「褒めてないわよ」
「いいさ、オイラはポジティブなんだ」
ドンと胸を叩いた彼にあたしは思わずフフと笑った。何故か、カートマンと居ると心が柔和になる。まさにパワースポットのような根拠のない自信と、絶対的ではないにしろゆるやかな優しさをくれる。そうなってくると、やはりカイルの優しさはまた違うのか。
どれだけ考えても悩みは尽きない。"はぁ"と深い溜息を吐いて空を見上げた。
「…男の人って、何考えてるのか分からないわ」
空に浮かぶのはゆっくりと流れる厚い雲達。曇り空はあたし達を無表情で見下ろしている。
「あたし、そんなに子供っぽいかな…」
静かな空間の中で呟いた言葉に間髪入れずカートマンが口を挟んだ。
「なんだよ、馬鹿馬鹿しい。誰にそんなこと言われた?オイラは…」
「ん?」
「オイラは、あんたのこと、」
言葉の途中で口ごもる彼はとても不満気な顔をしている。拗ねた子供のような表情のまま、「…オイラはあんたの事イケてると思う」消え入りそうな声でそう言った。その真剣な様子に、あたしはついに吹き出してしまう。
「やだ……、あははっ!」
「…な、なんだよ」
不安そうな、でも少しばかり恥ずかしそうな顔で彼は唇を尖らせた。
「…ジョークだと思ってんだろ」
「ふふ、可愛いジョークだね」
「……まぁ良いけどよ」
頬を微かに赤く染めて俯いた彼は、照れ臭そうに元気出せとだけ呟いた。
レッドが言っていた話、あながち間違ってはいないかもしれない。あたしは彼と居ると素の自分を出せるし、彼もそれに寄り添ってくれる。
「…………」
あたし達はふと見つめあった。
「………」
カートマンが微かに口を開く。
「…なぁ、」
「え…………?」
咄嗟に彼の真剣な目から視線を逸らし、あたしは思い切り首を振った。
「いや、違う違う!この展開は違う!」
「なんだよ」
「あっぶな!目を覚まさなきゃ。あたし教室戻る、じゃあね」
ポケットに手を入れたまま立ち上がり、カートマンに別れを告げた。カートマンは不満そうにこちらを見上げたが、直ぐに諦めたような顔をする。その様子にあたしはそそくさとテラスを後にした。
絶対にない、それだけは、本当に無い。
あってはならないのだ。