HxH

□後味の悪い酒
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『親愛なる貴方へ
貴方と出会ったあの夜は運命だったと私は今でも思います。
貴方と、貴方によく似合う真っ赤なカクテルが綺麗で、きっと先に見惚れていたのは私の方なのに、とてもキザな台詞で私を口説きに来たんですもの。
貴方も私も、互いに一目惚れだったのかしら?
だとしたらとても嬉しいわ。
ハンター試験が終わったら伝えたい事があるって言ったわよね?
それが何なのか。女の勘をここで使うのはきっと野暮よね。
楽しみに待ってるから、無事に帰って来てね。
そして私に教えてね。伝えたい事を。
愛しい貴方。永遠に貴方を──…』


この手紙をヒソカに見せられたのはハンター試験終了後直ぐに呼び出されたバーでだった。コレは何だと尋ねれば、
「イルミ、キミ手紙も見た事無いのかい?」
とバカにされる始末。わざわざオレにラブレターを見せる為に呼んだ理由を聞いたんだよこの暇人め。オレは忙しい身なのに。
酒を口に運びながらふいにヒソカのグラスを見ればそこには血の様に赤いカクテル。ハンター試験も無事終わったんだし、その口説いた相手に会えば良いのに。オレなんかと飲まないでさ。

数日後、またヒソカから電話だ。仕事の依頼かと聞けば、また例のバーで飲もうと言う話だ。思わず切りたくなったが、酒代は出すと言うし交際費と称して報酬も出すと言うし、まあ有料なら飲んでやっても構わない。
いざ店に行けばヒソカがヒラヒラ手を振りながらいつもの席に居た。相変わらず血の様に赤いカクテルを携えて。
オレはヒソカの隣に座り適当に酒を頼むと辺りを見回す。ヒソカが何を企んでいるか分からない以上用心するに越した事は無い。だが、目立って怪しい者はいなかった。強いて言えば、前回も不審に思っていたこのバーに相応しくない身なりの女が店の隅に立っている、と言うくらいか。
手入れの行き届かない髪は完全に顔を覆ってしまい辛うじて体付きから女と分かった。異様な出で立ちに同業者かとも思ったが、凝を使わずとも念能力すら習得していないただの一般人なのは明白だった。
ヒソカは特に気にしていないらしくひたすらゴンの話をする。オレはゴンがあまり好きじゃないんだけどな。

その数日後、またヒソカから電話だ。オレは最近電話が嫌いになっていた。特にヒソカからの。いっそ居留守を使ったらメールまで入ってきた。
『いつものバーで。交際費と酒代は出すよ』
と書いてあったので、今回割の良くない仕事に文句もあってむしゃくしゃしていたし、向かう事にした。この際高い酒を頼んでやろう。そのくらい飲んでいなきゃやっていられない。
着いて早々、やはりヒソカは定位置で赤い色の酒を既に用意していたのでオレも頼む事にした。


「オレ、ロマネ・コンティの…そこにある一九九五年モノで。ああ、一本丸々ね」

「ろ、ロマネ・コンティですか…?失礼ですが最低でも二百万は致しますが…」

「ボクは払えるから良いよ。しかしイルミ、キミ酒の味分かるのかい?」

「一九九五年モノだろ?今飲み頃だってのは知ってる」

「…ま、いっか。誘ったのボクだしね」


その時、またあの女がいる事に気が付いた。以前見た時より身なりが悪くなっている。髪は手入れをしていないのか前よりボサボサで、衣服もボロを身に纏っている。だがよく見れば元はそこそこ良い服だったであろう面影があった。
女もそれなりに美人だったであろうに、今はやつれてしまいギョロギョロとした目でこちら──と言うかヒソカ──を凝視している。
気が付いている。
ヒソカはあの女の存在に気付いていて敢えてオレを呼んでいる。


「悪趣味」

「何がだい?」

「気付いてるんだろ?そこの女に。ヒソカがオレに見せた手紙を書いた女じゃないの?口説いといて放置?」

「何のことやら…」

「幽霊とか言わないよね?オレ、職業上信じてないしあの女生きてるよ。それにやたらヒソカを見るし」

「ボクは女なんか口説いてないしこの手紙もボク宛てじゃないよ」

「え?」

「コレ、知らない人の手紙なんだよねェ…」


手紙の本当の持ち主は、あの時ハンター試験でヒソカに殺された人物らしい。そしてヒソカを凝視する女こそ、その『本当の持ち主』を待っている人物。
女は男にお守り代わりに手紙を渡したとやら何とやら。だがそんな守りはこの死神には通用しなかった様だ。男は呆気なく試験の事故でも何でもなく、たまたま居合わせたヒソカに殺された。
女は訃報を聞き、周りが止めるのも聞かず遺体を見たらしい。遺体の損傷から鋭い刃物で切り刻まれた、つまり事故ではなく殺されたと気が付いた。
確かに苛酷さゆえ死者も出ると聞き覚悟していた。試験の半ばで誰かと揉み合ったのかとも思ったが、男の最期の表情が不意打ちを食らった事を語っていた。
そして無差別殺傷を起こしたサイコキラーが受験者にいたとも聞いたらしい。しかし死体を見慣れていない一般人がよく最期の姿を見る気になったものだ。
女は死んだ男と決別すべく最後に出会いの場であり別れの場にもなったこのバーに来ていつもの席に座っていた。ヒソカはそこに現れ女の隣に座ると、生前男が頼んだのと同じ赤いカクテルを頼んだ。そして戯れにトランプを取り出し、ワインボトルを切って見せたと言う事だ。


「悪趣味」

「そしたらボクが犯人だって分かるだろう?」

「手紙はどこで見付けたの?」

「ボクが殺す瞬間、まあ自分が殺されるなんて夢にも思ってなかっただろうから当然だけど、彼、手紙を読もうと胸ポケットに手を入れてたんだ。一人だけ何かを取り出そうとして死んでたから興味持って見たら手紙が入ってたってワケ」

「店の店主や客が全員女を気にも留めない理由は?」

「買収」

「なるほど…」


悪趣味。
隣に男が座ったと思ったら想い人と同じカクテルを頼んだ挙げ句殺人の証拠のアピールまでされて、女は憎しみに支配されただろう。
そして本来生きていたなら男が座る筈だった席に座り続けるヒソカを怨んだだろう。だがヒソカをどうにかしてやろうかと通う内に日に日に他の客も店員も自分の存在を認知しなくなり、女は憎しみと怨みと現状に精神を押し潰され、自分が生きてるのか死んでるのかも分からなくなった。


「今日はボクを殺しに来るかな?それとも、亡霊の様に立っているだけかな?」

「悪趣味」

「ボクは愛の力の偉大さを知ったよ」

「憎しみの間違いでしょ…アレには殆ど人間らしい感情残ってないよ。生きてるのに、ヒソカへの憎しみと怨みと執念でそこにいるだけ」


精神が生きるのを放棄した。体は生きていても、亡霊と同じだ。
しかし、大事に積み上げたトランプタワーを崩す事を生き甲斐にする様な男が、始めから壊れた玩具の様な女に興味を抱くとはまた珍しい事もあるもんだ。


「物珍しそうな顔をするねイルミ」

「まあね」

「キミの言いたいこと分かるよ。ボクもね、そろそろ飽きてきたんだ。やっぱり、青い果実が熟れる楽しみを待つ方が性に合ってる…」


「コレ、前金ね」
そう言ってヒソカはオレに小切手を手渡した。ああ、なるほど。やっぱりロマネ・コンティを頼んで正解だったな。
オレは小切手を受け取るとヒソカにも酒を勧めた。最後だし、どうだ?と。だがヒソカはそれを拒否した。全てが終わるまでその赤いカクテルしか飲まないつもりか。相変わらず酔狂だ。

女は死んだ。
店仕舞いと同時に外に出たので針で仕留めた。その時一瞬カッと目を見開いたが徐々に穏やかな顔になって行き、
「私、まだ生きてたんだ」
と一言だけ呟いた。死顔は安らかだった。きっと愛する彼の下へ行けるから、とか言う奴だろうか。
まあ理由は何でも良い。オレはヒソカに仕事終了の電話を掛けた。


「指定の口座に振り込んどいてくれれば良いから。じゃあ」


下らないおふざけにまた付き合わされた。結局全てが仕事だったし金は入ったから良いけど。ロマネ・コンティの味は殆ど覚えていない。女の事も、もはや記憶の片隅だ。
オレの頭は、既に次の仕事で埋め尽くされていた。


「もしもし、母さん?予定通り今日行くよ。多分今日の仕事もすぐ片付くから──…」

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