文章(黒バス)

□ある冬の日
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今冬は暖冬になるって言っていたのに、酷く冷え込む時期が続く。
この調子だとキセキの世代の一人が通う、秋田の陽泉は大変だろうな、とかぼんやり考えながら日誌を書いている日向の後ろでは。

「ハッ、キタコレ!!教頭先生が、今日、豆腐を食べる!!よし、メモメモ…」

幼馴染みの伊月が、わざわざ寒い中、一生懸命木枯らしを吹かすようなダジャレを考えている。
今日は用事があるとかで、珍しくカントクが早く帰ってしまい、人数が二人しかいないのと、伊月のダジャレに日向の代わりにツッコむ役が不在であるのとで、余計に寒く感じる。
ダジャレを言ったりメモするのを止めさせれば良いのだが、以前、伊月に日向が学校ではダジャレを作るな、と言った時、実際に伊月がダジャレを思い付いても何も出来ないという情況に死にそうになった例があったため、彼を止めることは出来ない。
お互いの家が近いため二人は途中までは一緒に帰っており、伊月を先に帰らせる訳にもいかない。日向は寒さに耐えるしかないのだ。

「うっし…日誌書き終わった…んじゃ、帰るか………伊月、いい加減メモ帳しまえ、ダジャレは終わりな」

「はーい、了解了解」

多少残念そうな顔をしてこちらを見てくるが、いつものことなので無視をする。
日誌を職員室の武田先生に渡し、鍵を返してようやく帰路に着く。

「あーっ…今日もお疲れ…やっぱり外は寒いな…」

「本当だよな…寒い…」

「って伊月、お前、手袋は?」

「…忘れた…寒すぎる…」

伊月はどうやら冷え性らしく、冬は手足が常に冷たい。そして、しもやけが毎年の様に酷いのでいつも手袋をして予防しているのだが、今日に限って忘れたらしい。

「…ったくよ…ほら、貸してやるから、着けてろ」

「…えっ、いいのか?日向も寒いだろ」

「前に、んなこと言って我慢してた次の日には手がしもやけで痛々しくなってた奴を見たから放っとけねえよ、なあ伊月君?」

「…有り難くお借りします」

「それでよし」

貸し1な、と言った日向の笑顔に見とれ始めたのも、そう言えばあのやりとりの後だな、と思う。
日向が言った通り、以前、伊月はその日、手袋を着けずに帰宅した。
家に帰ってから、手入れはしたものの、しもやけは酷くなっていた。
翌日の部活では、バレない様に庇いつつ隠しながらプレイをしたが、日向にはバレたのだ。
伊月の手を見た日向は、それ見たことかと伊月に説教を始めた。
まるで、自分のことの様になって心配する日向は、主将の鑑だなと思いつつ、かなり説教にウンザリしてきていた伊月は、半ば投げやりに

「…ごめんなさい、次から気を付けます」

と謝った。
本当に反省したのか?と言われ、ちゃんと反省した、と納得させ、ホッとしたところで

「おう、ならよし!!」

と、普段あまり笑わない日向が屈託の無い笑顔を浮かべた。
正に刺客である。
その前から全く興味を持っていなかったとは言え無いが、本当に意識し始めたきっかけは、その出来事である。

(ギャップってズルいな、と思ったんだよな…)

「おい、伊月?どうした」

と、過去を思い出していたところを現実に引き戻される。

「あ、悪い…考え事してた」

「…またダジャレ考えてたのか?止めろ、これ以上寒くすんな」

気持ちを意識してから、日向の笑顔だけでなく、それ以外の全てに惹かれている自分に心で苦笑する。
その気持ちが、日向に届いても届かなくても。
目の前には男らしい幼馴染みの主将…
またこんな場面でこんなこと思い出しながら二人で帰りたいな、と思った伊月だった。
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