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「ちょ、ちょっと待ってよ、ヒロイン、はやいよ」

少年にそう言われ、少女が振り向く。

「ハーレクインが遅いのよ」

そう言いながら振り向いた少女は、ムッとした顔をしていたが、息も絶え絶えな少年を目に留めて、ハッとして立ち止まる。
二人は人間ではなかった。
ふよふよと自在に宙に浮いている、妖精だ。
二人は垂直に伸びている大樹を登っている最中だった。
ヒロインは、思いの外疲れている様子のハーレクインを目に留めて、近くの枝に腰を掛ける。
やっとの思いで追いついたハーレクインもそれに続く。

「はーっ疲れたー」

ハーレクインが、ぐでーっと枝に身体を預けるようにして休む。
これくらいでだらしないなあ、男の子でしょう、と口をついて出そうになったヒロインは、一旦口を閉じて別の言葉を探す。

「もう少しだよ?ほら、あそこ」

上を仰ぎ見ながら指をさして、ヒロインが言った。
それを追ってハーレクインも目的地を見上げる。

「…まだあんなにある…」

「あっという間だよ」

しばらく手持無沙汰に足をブラブラさせていたヒロインは、痺れを切らしたようにスッと枝から離れた。

「ほら、いつまでも休んでたら日が暮れちゃうよ」

「えーっもうちょっと休憩させてよ」

「だーめ。すぐ行くの。ほら」

そう言って急かすものの、ハーレクインはなかなか動かない。
どうしたものか、と眉間に皺を寄せて悩んでいたヒロインは、名案を思い付いたとばかりに表情を明るくする。

「そうだ、じゃあ、あそこまで競争するのはどう?」

うーん、とハーレクインはあまり乗り気ではなさそな返事をする。

「それで、もし私に勝てたら、ひとつだけ何でもいうこと聞いてあげる」

どう?と促すヒロインに、ハーレクインの瞳の色が変わった。
なんでも、か…と顎に手を当てて考え込んでいる。
ふいに、ポッと顔を赤くすると、斜め下辺りに視線を向けながら、

「いいよ、その、競争、やってみても」

と、提案に乗ったのだった。



「いっちばーん!」

当然のようにヒロインはハーレクインよりも先に頂上へと辿り着いていた。
間もなく、ハーレクインも息を切らせながら辿り着く。
ハーレクインの呼吸が整うのを待ってから、ヒロインは話す。

「ここだよ、命の泉。きれいでしょう?ハーレクインに見せたかったの」

得意満面、という表情でヒロインが笑う。
湖面は太陽の光を反射してきらきらと輝いており、静かに波打っていた。
泉の周りには植物が青々と茂っている。

「本当だ」

景色に見惚れるようにしてハーレクインが呟く。
ヒロインもそれに嬉しそうな顔をする。

「でも、こんなに遠いとね…しばらくは来る気にはなれないかも」

そう言って座り込んだハーレクインは、ごろんと仰向けに寝転がる。
そうして、つかれたー、と呟いて伸びをした。

「だらしないなあ…」

そういって呆れ顔のヒロインは、しばらくハーレクインを眺めたあと、ふいにしたり顔になった。

「そんなハーレクインの根性なしが治るおまじないをかけてあげよう」

「ひどいいわれよう…」

大の字に寝転がったままヒロインと会話を続けるハーレクインの元へ、ヒロインはゆっくりと近付いた。
すぐ近くまでくると、ハーレクインの顔を覗き込む。
顔と顔を突き合わせ、ぐっと近くなった距離にハーレクインの顔が、かーっと熱を帯びていく。
あまりに緊張して動揺して、何か言わないと、と焦るが、ヒロインとの距離の近さに、彼女の唇を意識してしまって、どうしても口が開けない。
彼女の顔が、どんどん近付いてくる。
鼓動が高鳴るのを止めることもできず、じっとヒロインの顔を、唇を見つめるしかなかった。
キスする、と思って不思議な昂揚感に胸を満たされながら、ハーレクインは目を閉じた。

こつん。

額に何か固いものがぶつかった。
それと同時にさらさらとヒロインの髪の毛が顔に掛かる。
いい匂いがした。
彼女の髪が、存在感が遠ざかって、ハーレクインはゆっくりと目を開けた。
視界には植物と空が目いっぱい広がるばかりで彼女の姿はない。
慌てて身体を起こしてヒロインを探した。
幸い彼女はすぐ近くに座っていた。
くすくす、と楽しそうにヒロインが笑う。

「どう?疲れ、取れたでしょ?」

楽しそうなヒロインにそう言われれば、何だか胸がむず痒くなって、

「うん…」

と小さく呟くしかなかった。



ハーレクインがみんなから妖精王として慕われるようになって、徐々に彼との距離が広がっていくのを感じていた。
私みたいな一般庶民とは違うんだって、薄々感じ始めていた。
一緒にいるときも、いつだって声を掛けられるのはハーレクインだった。
私はいつからか、彼を避けるようになっていた。
忙しい彼は、私がいなくなっても気付かないだろう。
みんなにあんなにちやほやされて、私なんて必要ないだろう。
鬱屈とした気持ちを抱えて、私は今日も命の泉に来ていた。
いい加減諦めてしまえばいいのに、こうやって未だに昔の思い出に縋っている。
そんな自分が情けなくて、自嘲した。
三角座りで顔を膝に埋めて、ばっかみたい、と呟いた。
声に出してしまえば、急に自分が惨めになって、嗚咽が一気に上ってくる。
う、と咽び泣きそうになったとき、

「ヒロイン?」

と私を呼ぶ声が聞こえた。
驚いて、バッと勢いよく顔を上げる。
ハーレクインが泉の畔まで登ってきたところだった。
一瞬呆気に取られるも、ハッとして目元を拭った。

「よかった、ここにいて」

言葉を探すように視線を彷徨わせていたハーレクインは、やっとのことで言葉を紡いだ。

「うん」

「…えっと、久しぶりだね」

「うん」

「…ここに来るのも久しぶりだ」

「そう」

視線を下に投げかけたまま単調な返事をするだけの私に、ハーレクインも話題が尽きてきたようだった。

「…忙しいんじゃないの」

突っかかるような物言いで、気付いたら言葉を放っていた。

「みんな待ってるんじゃないの、キングのこと」

一言口をついて出てしまえば、今まで溜め込んできた嫌な気持ちがボロボロと零れ出てしまう。

「みんなのために時間使いなよ、私はいいから」

余計なひと言までドロドロと吐き出してしまう。
俯いていて彼の表情に全然気付けなかった。
だから、彼の声を聞いて驚いた。

「なんで、君までキングって呼ぶんだよ、他人行儀じゃないか」

ハッとして顔を上げた。
ハーレクインの顔が悲しみを、酷くショックを受けたことを物語っていた。
ああ、彼にこんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
あまりに打ちひしがれた表情をしているので、ずきりと胸が痛んだ。
ハーレクイン、と呟こうと息を吸って、息を吐いた。
たとえ彼がそう言っても、周りからはどう言われるか分からない。
人前でハーレクインと呼んだら、きっと奇異なものを見る目で見られるだろう。
何で一般庶民の、取るに足らない存在の私が、妖精王を名前で呼んでいるんだ、と思われるだろう。
反感だって買うかもしれない。
だから、言えない。

「…言えないよ、本当は、ハーレクインって呼びたいけど、言えないよ」

嗚咽がせり上がってくるのをぐっと堪えながら、言葉を紡ぐ。

「だって私、ハーレクインの何でもないもの、私だけ特別扱いしたらみんなに示しがつかなくなる」

最期の辺りは少し声が震えたが、なんとか言いきった。
ずっと言いたかった。
でも、言葉にしてしまったら、それを自分が認めてしまったみたいで、怖かった。

ハーレクインが、ぐっと口元に力を込めて、スッパリと言う。

「結婚しよう」

呆気に取られて、間抜けにもぽかんと口元を開けたまま数度瞬きをする。
彼の顔がどんどん赤くなっていく。
その間も未だに顔には力を入れたままだ。

「…でも、え、あ?」

理解が追い付かなくて、言葉にならない言葉が零れる。
彼は近くに生えていた可愛らしい小花を成長させてあっという間に指輪を作って見せた。
それを持って、赤面した真剣な表情のまま歩み寄ってくる。
びっくりして、思わず後ずさりそうになって、腰が抜けて動けないことに気付いた。
三角座りしたままの私は近くにきたキングを見上げる形になる。
ザッと足音を立ててすぐ傍まで歩み寄った彼は、恭しく跪いた。

「オイラと、結婚してください」

指輪を乗せた彼の手は、緊張から少し震えているようだった。
それが、可哀想で、可愛くて、嬉しくて、そっと手を添えた。

ああ、やっぱり、ハーレクインはハーレクインのままだ。
情けなくて、全然男らしくなんかなくて、でもとっても純粋で、心優しい。
だから、私はこの人と共に歩みたい。
支えてあげたい。

そう思って、両手で彼の手を優しく包んだ。
パッと勢いよく上げられた彼の顔は赤いままで、でも上がっていた眉尻は下がっていた。
ぽかんとした表情がとても可愛くて、思わずくすくすと笑ってしまった。
少し焦らしてやると、何か言うべきか言うまいか悩んでいるのか、パクパクと口を開け閉めし始めて、思わず吹き出した。

「よろしくね、ハーレクイン」

私の言葉に、花が結んだように満面の笑みになる彼が、とても愛おしいと思った。




 
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