短編

□家庭訪問
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「高杉くん、お母さんやお父さんは」
「いねーよ」
「えっ…今日都合がいいみたいなこといってたよね?!」
「知らねーよ」

あまりにもぶっきらぼうな高杉の応答に銀八は困惑した。

今日最後の家庭訪問は高杉の家だった。
クラス1、いや学年1はおろか学校1の問題児の家庭がどんなものかすこし身構えて訪問すると大豪邸。銀八自身高杉は金持ちのボンボンだと噂には聞いていたがまさか高級住宅地の中でも一等地に建てられた、庭…プール付きの物件に住んでいるとまでは思わなかった。
貧乏人特有の嫉妬と感嘆をしながら銀八が立派な門に備えつけられたインターホンを押すと出迎えたのは機嫌の悪そうな高杉で今に至る。

「親は海外でいねーよ」
「お忙しいみたいで…」

高杉の両親が実業家で日本だけではなく世界を点々としていることを銀八はほんのりと思い出す。おかげで高杉の問題行動に対して厄介な話し合いができずに済んで助かった、ととても教師に似つかわしくないことを思った。

「じゃあ俺帰るわ」

だだっ広い居間に無駄に高級そうな調度品の数々に囲まれた空間。流石にお手伝いのようなものはいなかったが。
やけに目つきの悪い教え子とそんな空間でふたりきりなのは銀八にとって居心地悪かった。
親がいないのなら用は全くない。
革でできたこれまた高級そうなソファから立ち上がろうとすると銀八は襟首を掴まれた。

「な、なんのつもりかな?」

まさか高杉が日頃気に食わない銀八を殴るつもりか、と銀八の頬を冷や汗が伝う。

「やっとてめーとふたりきりになれたんだ…ちょっと話がある」

高杉の凶悪そうな顔つき。銀八は身の危険を感じた。気がつけば銀八はソファの上で高杉に組み敷かれていた。

「な、なあ高杉、落ち着けよ」
「俺ァ前からお前みたいな先公が気に食わなかった」

襟首を掴んでいた高杉の手が振り翳される。殴られる、と咄嗟に銀八は目を瞑るが、高杉にネクタイを手に掛けられた。
銀八が高杉の行動に呆気に取られていると、ネクタイがするすると外されていく。

「だから俺にぶっ壊されろよ」

高杉は銀八が心底気に食わなかった。
授業を幾度もサボったり学校に来ない高杉を生徒指導室に呼び出しては怒るどころか心配する素振りを見せ、時には他校との喧嘩の現場に現れては自分がボロボロになりながらも喧嘩を止める。
どうしてそんなことをするんだ、と詰め寄れば俺は腐っても先公なんだよ、と笑って返される。
高杉に限らず、他の生徒に問題があればほっとけばいいのに自分が痛い目を見ても自分から突っ込んで解決していく。どんな目にあっても銀八は生徒が無事なら、いいんじゃねえかと笑っていた。
そんな銀八の行動が、表情が、高杉には目障りだった。

「お前を俺がぶっ壊してこのツラが歪むところを見てみたいんだよ」

高杉はワイシャツのボタンを外していく。いつからだろう、高杉は銀八を独占して壊してみたくなった。銀八の気に食わない顔を自分なりに歪ませてみたかった。

「生徒が先生にそんなことをするんじゃありません」

今度は高杉が呆気に取られる番だった。高杉は突き飛ばされて、銀八は組み敷く高杉から抜け出したのだ。銀八からすれば高校生といえども子供の高杉の腕力には屈さなかった。

「てめー…」

乱れた服を直す銀八を高杉は睨みつけた。銀八はただ平然としている。

「高杉がなに考えてるかは知らねーけどさ、先生のことが好きなのはよーくわかった」
「なにを言って…」
「そんなに先生が好きならもっと素直でいい子になりなさい。俺は素直な子が好きなんだよ。それじゃあ俺帰るわ。また学校でな」

銀八はそう言うと早々と居間から出ていく。
高杉は俯いて軽く舌打ちした。

外にでた銀八は煙草をふかしながら歩く。口では威勢がよくても高杉のどこか寂しげな素直じゃない顔が不安で気になった。

「ただの教え子のことをこんなにも気になるなんて俺はヤキが回ったかな」

銀八は吸殻を踏みにじった。
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