短編

□youth
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いつにも増して目つきの悪い高杉がおもむろに銀八の襟首を掴む。銀八は無表情で無抵抗を示すように両手を静かに上げた。
ある種の日常茶飯事と化した光景だったので銀八は特に驚きもしないし、呆れることすらしない。
銀八はだるそうに欠伸をひとつした。

「はいはい高杉くん今度は何の用でございましょう」
「オイ腐れ天パ、あいつとどういう関係だ?」
「あいつって誰だよ…」

首を傾げる銀八に高杉は凄む。

「とぼけんじゃねェ。数学の坂本辰馬とはどういう関係かっつてんだよ」
「あー、はいはい…呼び捨てじゃなくて先生ってつけなさいよ」

あれから高杉は事あるごとに銀八に突っかかってくるようになった。
授業後、さっき教えた箇所間違っているんじゃねーか、と難癖をつける。
暇さえあれば国語準備室にやってきて「お前をぶっ壊す」だの「俺のものになれよ」だの毎日何回かは迫られる。
銀八はそのつど肩を竦めながら、生徒がいい歳した先生で遊ぶんじゃないと受け流していた。

以前は高杉に目の敵にされていたこともあって最近の高杉の様子に銀八はひたすら戸惑っていた。思春期まっさかりの男子の思考は単純そうに見えて複雑で銀八は頭を悩ませている。

きっと今の高杉は思春期特有の気の迷いに陥っているのだろうと思うことにした。

「アレとはどういう関係なんだよ。さっき超仲よさげだったじゃねーか」
「どういう関係って言われてもなあ…」

辰馬は異様に銀八にスキンシップを図ってくる。腕に絡みついたり、髪をぐしゃぐしゃに撫でてきたり。
同僚以前に大学時代から気心の知れた友人同士なので銀八は特に気にしていない。未だに名前を覚えてもらえず金八呼ばわりなのが気には障るが。

高杉は顔を顰めて銀八の顔を凝視する。
銀八はそんな高杉を少しからかってみたくなった。

「あいつは…そうだな、同僚以上かな」
「同僚以上ってどういう意味なんだ」

高杉の目つきが今以上に険しくなって襟首を掴む手に力が篭もる。
銀八はニヤニヤ笑いを浮かべたくなるが必死に堪える。

「あいつとは大学からの付き合いだしー、ただの友達?いや、ただの友達以上かもー」

銀八は嘘をついているつもりはない。辰馬は銀八にとっての親友だから「ただの友達」以上と言っても差し支えはないと思っている。高杉が曲解することを狙ったのだ。

沈黙の時間が流れた。
銀八は高杉の反応が楽しみでしょうがない。

すると高杉は平然とした顔に戻って窓に目を向けると無言で銀八の襟を掴む手を緩めた。

「そうかい」

と一言だけ。
それから銀八に背を向けて国語準備室を出ていく。
出て行くときの高杉の顔があの家庭訪問でみせた寂しさで翳る表情を彷彿させた。
予想外の冷めたような反応に銀八は唖然として何も言えなかった。

高杉が殴りかかってきたりなんらかのアクションを掛けてきたら笑い飛ばすつもりだったのだが。
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